無限の闇
ヒロトが放つその言葉にはほんの少し、怒気が込められているようだった。まるで、私がこの場所にいることによる怒りを伝えるようで。
冷たい瞳で手を広げ、それを私に向ける。手の平から何かしらの攻撃があるのかと身構えるが……何も起きない。こうなれば、ダメ元でこっちから仕掛けるか……?
「レイ……お願い、力を貸して」
私単体の力では、勝てる確率は低い。ならば、精霊であるレイの力を借りられれば……竜をも打ち倒したあの力なら、もしかしたら渡り合えるかもしれない。
近くにいるはずの精霊に、言葉を囁きかけるが……応答は、ない。そもそもの話実はここに来てから、レイの反応を感じられないのだ。
仮契約中の精霊は気まぐれとは聞いたけど、これは気まぐれによるものなのか……それとも、レイが姿を見せられない別と何かがあるのだろうか。
レイの力が借りられないのなら、一人で挑むしかない。勝てる可能性は低いが、ゼロじゃないはず。足掻いて足掻いて、その顔思い切りぶん殴ってやる。そう、考え始めた時だった。
……体に、異変を感じたのは。
「……何、これ」
異変を感じたのは、右腕。違和感に視線を向けると……その、肘から先が、黒く染まっていたのだ。
黒く染まる、右腕。ただ黒いわけではない。まるで、全てを包み込んでしまいそうな無限の闇。しかもそれは……黒は、徐々に浸食を開始している。
この黒いのは一体……? いや、これは黒いなんてそんな単純なものではなく……黒くなった部分に、存在を感じられない。黒く染まってしまった右腕が、この場から焼失している。
既に肩までが黒く浸食されている。もはや完全に、右腕の存在が、無くなっていた。黒い……闇は、私の右腕を喰らっていった。
今私は、何をされた? ただ、手の平を向けられただけだ。攻撃されたわけでもないのに、こんなことが……? 見えないほどの攻撃?
……いや、腕を消し飛ばされたわけではない、何の痛みもないのに。ただ、そこにあるべきはずのものがないのだ。
こんなことをしでかした、目の前の圧倒的な存在感に……恐怖すら湧かないのは何故だろう。あまりの力量差に、そんな感情すら置き去りにしてしまったのだろうか。こんな、とんでもないことが起きているのに。
とんでもない、この感じ……何だか見覚えがあるような……
「落ちろ……無間の地獄に」
このままでは、まずい。理性が、本能が訴えかける。警報を鳴り響かせる。早く何とかしろと、ここから逃げろと。
……だけど、闇の侵食は止められない。むしろ、浸食は速さを増していく。止める手段が、ない。まずいまずいまずい! ただ、焦りがあった。
早まる侵食。右腕を侵しつくしたそれは、体を蝕んでいく。抵抗などむなしく体を揺らすことしかできず、しかし当然それでは何の意味もない。闇は体から腹、脚、首……そして、ついには……
……その刹那、思い出した。これは、あの時先生を襲った悲劇と同じものだ。
キルデが言っていた、この世界でも魔界でもない、異なる場所……どこにも干渉しない世界の狭間。ただ無しかない空間『無間地獄』へと飛ばされたのが、ティファルダ・アラナシカ先生だ。
そして今度は、私の番……
「まっ……アカ……」
喉が闇に染まり、言葉が途切れる。視界が黒く染まる直前、眠るアカリちゃんを視界に収めて……そして、目の前から世界が消失した。




