試練へと続く道
……オルちゃんとサラリアの戦い。それは、サラリアの絶命という形で幕を閉じた。それはもちろんオルちゃんによるものではなく、サラリア自身による自傷行為によって。
現在、彼女の体には毛布が掛けられてその姿は隠されている。悪魔とはいえ、あんな悲惨な姿を晒しておくわけにはいかないと、形だけでも姿を隠したのだ。
「……結局、原因はわからずじまいか」
突然の自傷行為。それは本当に唐突で、直前までそんなことを起こす前触れすらなかった。不敵に笑い、捕まってなおこちらを見下す姿勢。それが、一変したのだ。その上、あれが自分の意思によるものだったとは思えない。
あんな、狂ったような……いや、実際に狂っていた。鋭いその爪が喉を簡単にかき破り、それでも体が動かなくなるまでそれは続けられた。あの行為は、普通には思えない。まさに異常な行動。その原因はわからないが、予想はできる。
それは……
「天使に化けていた……それと、何か関係があるのか?」
そう、悪魔のサラリアが天使に化けていたという事実。その方法はわからない……けど、それと今回の自傷行為が関係している。断定はできないけど、この二つが無関係だとは、なぜか思えなかった。
「サラリアは誰かに、天使から悪魔に化ける『何らかの方法』を施してもらった。これは事実だ。考えられるのは……『何らかの方法』の副作用。もしくは……」
「我々に捕まったサラリアから情報が洩れることを恐れ、『何らかの方法』を与えた何者かが、意図的にサラリアの命を奪った」
二つが無関係でない。とすれば、これが考え得る有力な説であった。天使に化けるのはサラリア自身の能力ではなく、別の誰かによるもの。そして、サラリアの自傷行為も同じく。
「バックについてるっていう、バランダって名前の者か。それとは別の、情報を与えたって奴か……」
「……いずれにしたって、相手勢力には、私らに紛れる術があるってことだ」
サラリアが天使に化けていたこと、そしてその死に思案するエドさん。それとは別に、今回のことで新たな脅威が増えたことを示唆するのはカーリャさんだ。そう告げる彼女の表情は硬い。
それはそうだろう。敵は、天使に紛れていた。それも、少しの魔力も感じさせず、その正体を現すまで気づけないほどに。悪魔が、そっくり天使になって紛れ込んでいたのだ。
それは単に、敵側の技術力の高さを危惧するだけではない。
「もしまた今回みたいなことがあったら……仲間同士で、疑心暗鬼に陥ってしまう」
味方のはずが、実は敵が紛れているかもしれない。それは、仲間同士による疑心暗鬼に陥る可能性がある。最悪、仲間同士で争ってしまうことだって考えられる。
「ま、もう悪魔は紛れてないって話だし。……信用、出来るのかね」
「嘘はついてないと思います。何でわかるか理由はともかく」
この場にもう悪魔はいない。それを保証したのは、何を隠そうサラリアの正体を暴いたスカイくんだ。保証、というほど確信的なものはない。何で悪魔の正体がわかったのかの理由が不明で、そもそもスカイくん自体謎に包まれているんだけど。
「……一番の問題は、それだな。精霊にすら見抜けなかったサラリアの正体を、何であの子は見抜けたのか」
記憶喪失の少年、スカイ・バランティア。神力は使えない、ごく普通の男の子……だと思っていた。彼が、この組織『天』への進入方法を暴き、誰にも見抜けなかったサラリアの正体を見抜くまでは。
無邪気な彼は、この旅の中で時に癒しとして、時にムードメーカーとして活躍してきた。共に危機を乗り越え同じ時間を共有した彼は、まぎれもなく私達の仲間だ。そんな仲間の、正体を疑いたくはない、けど……
話の中心、スカイくんはというと、今しがたサラリアとの激闘を終えたオルちゃんが様子を見ている。サラリアの絶命という、ショッキングな映像を見て気分が落ちていないか心配らしい。
突然始まった自傷行為に、誰も、他の人を気にする余裕はなかったのだ。だから、スカイくんもあの現場を見てしまっているわけで……と思っていたが、どうやらミシェルさんがスカイくんを抱きしめて見聞きさせないようにしてくれていたらしい。
「なのにあの子、泣き出しちゃったわ。仕方のない子ねぇん」
それはきっと、あなたに抱きしめられていたからです、とは言えない。そのおかげで助かりはしたんだけど。
あの光景を見た人達の衝撃は、凄まじい。ましてやここで一緒に暮らしていた、カーリャさん含めた人達は、どうやら気落ちしているようだ。
どれだけの歳月かわからないが、同じ場所で同じ時間を過ごしていた仲間。苦楽を共にしてきた仲間……それが、実は敵方のスパイだったことへのショックは計り知れない。しかも、最期がこんな悲惨なものであればなおさらだ。
「わからないことだらけだ。だが……考えてもわからないことはわからない」
こうして考えを巡らせていても、それで答えが出てくるわけではない。悔しいけど、これは私達がいくら頭を悩ませてもわからない問題。ならば、考えるだけ時間の問題というもの。この問題は、胸に留めておこう。
そうなると、次の問題は……
「あの子……旅に同行させる考えは変わらないのか?」
そう、スカイくんの身の振り方について。最初は一緒に連れて行くつもりだったけど、こうして彼がどういう存在かがさらに不明確になった今、彼を連れていくのは…
「はい、一緒に連れていきます」
その考えは、変わらない。彼が何者で、ひょっとしたら危険な存在だったりするのかもしれない。でも……だとしても、ここで彼と別れるという選択肢は存在しない。
「いいのか? もしかしたら……」
「危ない……かもしれません。でもこの三ヶ月、スカイくんとは一緒に旅をしてきたんです。そんなに長くないけど……確かに仲間です。たとえあの子が何者だったとしても、見届けたいんです」
でももしも、あの子が敵として立ちはだかる存在だとしたら、私は……私達は一体どうするんだろう。
「リーシャが決めたことなら言うことはないわ。それに、あの子もお前達と行きたいと言ってるし、それに私達よりもお前達の方が、あの子の変化に気づきやすいでしょ」
結局、スカイくんは旅に同行させる。それで纏まり、みんなの同意を得る。わからないことが多いけど、これからはもう少し気を張っていこう。
「ここのことは心配するな。サラリアの件も、気づけなかったとはいえ精霊の干渉を弾いたのに変わりはない。警備を強化すれば、今回のような事態は防げるはずだ」
あの時、精霊であるセイはサラリアに近づき、一定範囲のところで弾かれた。それはつまり、サラリアは完全に天使に溶け込んだということではない、と考えられる。
だからこれまでよりも警戒を強めれば、今回の二の舞にはならないはずだ。
「今後の対策はまた、話し合っていくさ。……お互い、これからしっかりとな」
「はい」
お互い、これからのことはこれまで以上に大変だろう。それでも、それを乗り越えよう。お互いの拳を突き合わせ、健闘を誓い合う。互いに視線を交わらせ、頷く。
「じゃ、いろいろとあって見送りが先延ばしになったが……今度こそ、お別れだな」
「はい。問題が山積みでそっちのことも気になりますけどね」
「はは、言うじゃないかこいつめ」
突き合わせた拳で握手を交わし、お互いに言葉を交わす。
「じゃあ、みんな、カーリャさん……行きますね」
「あぁ。最後に忘れ物ないか? お腹すいてないか? トイレ我慢してないか?」
「大丈夫だよ! ここにきて子供扱いしないでってば!」
それぞれ別れを済ませ、出発手前。スカイくんに手を振り号泣してるミシェルさんが着いてこないか心配であったが、その心配はなかった。最期までスカイくんはミシェルさんを怖がっていた。
着いてこないのは、スカイくんの怖がりようを気遣って……というわけではないんだろうけど。本人曰く、これからも旅を続けるとなると化粧が崩れてもたないとかなんとか。乙女か。
「たまには連絡しなよ。レイを通じて帰ってきてもいいし」
「一人暮らしする社会人じゃないんだから……でも、うん。行くね」
精霊のセイとレイは、お互いを通じて通信や転送が可能。とはいえ未契約の身では、精霊は気まぐれであるとのこと。だから必ずしも力を貸してもらえるわけではないけど。
最後に手を挙げ、ハイタッチ。それを皮切りに、私達は背を向けて歩き出す。背中に、みんなの……カーリャさんの視線を受けて。
「リーシャ。……いってらっしゃい」
「! ……いってきます!」
思わず振り返るとそこには、必ず戻ってこいと告げるカーリャさんの姿があった。思わず潤む目を擦り、笑顔を返して……力強く頷く。
外との干渉を分かつ空間に足を踏み入れ……組織『天』、この場所から、外へと移動していく。




