人間の力を見くびるな!
いきなり息を止めてと言われても、それに反応できたのも僅かではなかろうか。みんな肩で息をしており、中には当然ながら水を飲んでしまった者もいる。これは……なんて荒過ぎる方法だろうか。オルちゃん、なかなかに強引なところがあるな。
けど、これでサラリアの動きを止めることができたのも事実。いかにどこへテレポートしようと、辺り一面を水で覆い尽くせば関係ないだろう。付近にテレポートするとわかっているのだから、水で埋めればどこへ行こうと溺れてしまう。
代わりに私達も、同様の被害を被るけど。
「げほっ! あぁくそ、耳に水入った!」
吹き飛ばされた先から、人影が歩いてくる。たった今殴られたばかりの、サラリアだ。頬には殴られた跡が赤く残っており、ミシェルさんに殴られた分と合わせて腫れ上がっていた。
「ったく、女の顔を何だと思ってんだか……ペッ!」
口の中に溜まった血を吐き出し、言葉とは裏腹に薄気味悪い笑みを浮かべている。余裕……というよりも、そこには狂気が出隠れしているようだ。
その体は水に濡れ、少なからずダメージは負っている……はずなのに、全くダメージを負っていると思わせない。その上、放たれる威圧感はいっそう増している。
「いったぁ! 手がいったいですわ!」
「まさかの自滅!?」
緊迫感とは真逆の、オルちゃんの悲鳴がこだました。サラリアを殴り飛ばしたダメージが、自分にも跳ね返っていたらしい。
「思ったより痛いですわぁ」
そういえば、オルちゃんが肉弾戦をしてるのを見たことがないな。神力を使った遠距離攻撃……というのが主な戦法だ。オルちゃんのことだ、昔からも誰かを殴るなんて行為自体、したことがなかったのかもしれない。
「荒っぽいがやるじゃんかよ、デカチチ」
「それ私のことですの!?」
「ま、それも……」
不名誉なあだ名をつけられ、不服そうなオルちゃん。しかし次の瞬間には、再びサラリアは消えていた。テレポートにより移動した先は、オルちゃんの背後だった。
「また消えへぶら!」
「力を使わせる隙を与えなければ関係ねえよな。さっきの仕返しだ」
気づき、背後に振り向いたオルちゃんの反応は一歩遅く、その頬に拳を打ち込まれてしまう。その衝撃で体は浮き、ごろごろと転がっていく。
「さっきみたいに無差別じゃなく、獲物を一つに絞れば、力を使う隙はない……簡単なことだろ」
テレポート……それは多勢に有利に働くだけでなく、一対一に対しても有効に働く。何せ、対象がいきなり消え、気づいた時には背後に移動されたりするのだ。気配を追うので精一杯なのに、それに加えて反撃するのには相当難しい。
「オルちゃん!」
「大丈夫ですわ、ここは任せてください」
駆け寄ろうとする私を、しかしオルちゃんは制止させる。テレポートする相手との戦い…その厳しい局面を、一人で任せてくれと言う。
「そうそう、何人で来ようとさっきの二の舞。デカチチの足引っ張るだけだからさあ」
「そういう意味ではありませんわ。あなたになら、私一人で勝てるから、ですわ!」
自信に満ちた顔で、オルちゃんは宣言する。それはハッタリでも何でもない……本当に、勝てる自信がある者の顔だった。それを受けて、今まで余裕な表情を浮かべていたサラリアが初めて表情を変える。
不愉快だ、と言わんばかりの表情に。
「あぁ? 言うじゃねえか……ならやってみなよ」
「えぇ……ま、もう勝負はついてるんですけどね」
「? 何言って……水?」
もう勝負はついていると、オルちゃんは言う。当然、顔をしかめるサラリア。それは私達も同様だ。しかしそれは彼女の足が動き、聞こえるはずのない音が聞こえたことで一変する。
パシャ……と。まるで水の中を歩いたような音が聞こえたのだ。
見ると、二人の足場には、水が……ほんの、水溜まり程度の水が、一面に広がっている。それはまるで、対峙する二人のためだけのフィールドのようにも見えた。さっきの溺れるほどの水の残り、というわけではなさそうだ。
「いつの間にこんな……いや、こんなもので何をするつもりだ?」
「もちろん、貴女に勝たせてもらいますわ」
「勝つ? はは、こんな程度のもんで何ができるってんだ? こんな足首にも満たない程度の水でさ!」
それで何が出来るのかは、わからない。だけど、オルちゃんが何の考えもなしにあんなことをしているとは考えにくい。
「見た目で判断すると、手痛い目にあいますわよ?」
「ほざけ、不利だからって強がってんじゃ……ん? これは……」
睨み合いの状態を先に崩したのは、サラリアだ。吐き捨てるように口を開き、距離を詰めるために足を動かそうとして……そこで、異変に気付く。溜まり場の水から、まるで触手のように伸びた水が、サラリアの足首に絡みつき、その動きを封じていた。
「ちっ、これで動きを封じたつもりか? だったら……」
「いえいえ、仕上げは……これですわ」
右手の指でパチン、とオルちゃんは音を鳴らす。次の瞬間、場に巡らされた水が固まっていく。それは触手も同様に、その場の水は氷へと変化した。 まるでスケートリンクだ。
「つめたっ。これは?」
「これでもう、貴女には何も出来ませんわ」
水から氷への変化。それは液体から個体への変化。そしてそれだけではなく、急激な気温の変化にもつながる。それを身に感じるサラリアは顔をしかめる。足首を氷に拘束されるなんて、考えただけでも冷たい……というか痛いだろう。
先程まで無差別攻撃を仕掛けていた相手に対し、一瞬で戦況を自分の土俵に持って行った。これが、勝ちにつながるのか……私には、わからないけれど。だけどオルちゃん自身、先程の勝利宣言といい今の言葉といい、既に決着はついているような言い方だ。
それほどまでの自信は、自分の力に余程の自信がないと出てこない。それに彼女の場合、力だけでなく、肝が据わってる。
「はっ、なにが、何も出来ないだ。こんなもん、テレポートで簡単に抜け出せる!」
「なら、やってごらんなさい?」
挑発するようなオルちゃんの笑みに、サラリアは顔を真っ赤にする。それは今すぐにでも、目の前の女を殺してやると、表情だけでもわかるものだ。
なぜ、テレポート使いにあんな挑発を!?
「調子に乗ってんじゃ……ん? 何だ……?」
傍からだと、ただ睨みつけているようにしか見えない。けどサラリア本人は、困惑している。それはつまり、テレポートがうまくいかないと伝わってくるようだ。
「な、何でだ? 何でテレポートできねえ!」
原因がわからず、怒りを露にする。もしも足が動けば、その場で地団太を踏んでいたことだろう。が、氷触手に固定され動かせない。
「やはり。だから言ったでしょう、貴女にはもう何も出来ないと」
困惑のサラリアに、自分はその原因を知っていると言わんばかりに無防備に近づいていくオルちゃん。その姿は、堂々としたものだった。
「てめえ、何をした!」
「私はただ、貴女の足を拘束しただけ……そう、それだけですわ。後は、貴女自身の能力のデメリットによるもの」
「デメリット、だと?」
サラリアにやったのは、あくまで足を拘束しただけだと語る。それとテレポートの不発は、関係ないようで関係ある、ってこと? しかもオルちゃんは、テレポートのデメリットを暴いたってことか?
「そう。貴女、テレポートをする時、微かに足が地面から離れていましたわ。それで、テレポートの条件は地に足がついていないこと……つまりは軽いジャンプが必要ではないかと。だから、地面に足を拘束してしまえばテレポートのは出来ない、と思いましたの」
得意げに、テレポートのデメリット……弱点を語る。オルちゃんは、あの無差別な動きの中で、サラリアの足の動きを見ていたというの? しかも、それが弱点だと結び付けた。
「どんなに万能に思える力にも、弱点はあるものですわ。いえ、弱点のない力なんて、この世にはない!」
「そんな、バカな……そんなことで、私の能力が……!?」
「あらあら、ご自身の能力の弱点も把握していないなんて。……ま、それが癖によるものなら仕方ないですわ。自分では気づきにくいでしょうし。そのおかげで貴女を捕まえられたんですし私は感謝してますわよ?」
確かに、無意識の癖なら自分で気づくのは難しい。ゆえに、癖を隠すことは出来ない。そのおかげで相手の尻尾を掴めたわけだ。それにしても、相手自身も知らない弱点を見つけるなんて。
……弱点のない力なんてない、か。
「くそっ……こんな、バカみたいなただの人間ごときが!」
「ふふん、どうですこの洞察力、機敏さ! バカ? こう見えて私、結構頭良いんですのよ! 私は、オルテリア・サシャターン! 悪魔と戦っているのは、何も天使だけではないんですのよ!」
自身の顔を指し、ドヤ顔を浮かべている。その表情はまるで、「決まった」と語っているようだった。




