血は繋がっていなくても
カーリャさんの腕の中で、しばらく経った頃。今は離れ、近くの長椅子に並んで座っている。
「甘えん坊だねぇ、あんた。いや、甘えることを覚えたと言うべきか。うんうん、私ゃ嬉しいよ」
「うぅ……変なテンションでした。忘れてください」
再会の嬉しさから、今まで抑えていたものが溢れ出てしまった。あんなに泣いたりして……恥ずかしい。他に誰もいないのが幸いか。
もしオルちゃんに見られようものなら、「さあお泣きなさい! 私の胸の中で!」とか言って、いっそう甘えてくるようにぐいぐいきそうだもんな。
「いいのいいの。忘れたの? あんたはもっと甘えることを覚えるべきだって」
羞恥に顔を赤くしているのに気づいてか気づかずか、カーリャさんは意地悪気な笑みを浮かべている。そう、「もっと甘えろ」がカーリャさんの口癖だったわけで。
あの頃の私は、誰かに甘えるなんて余裕はなかったから。
「そ、それよりカーリャさん、髪伸ばしたんですね!」
何となく気恥ずかしさを誤魔化したくて、話題を変える。私と暮らしていた時は肩までしかなかった髪が、今では背中まで伸びていることに。
「ん、あぁ。何となく、ね」
話題そらしには成功したらしく、自身の髪を人差し指でくるくるといじりながらカーリャさんは答える。そこで、さっきの仕返しとばかりに少し言い返してみることにする。
「それで少しは、女性らしくなったんじゃないですか~?」
中性的な顔立ち、元々が男っぽい口調な上に、私服でもあまり女らしくしているのを見たことがない。今だって、無地の白Tシャツにジーンズという、女っぽい以前にラフすぎる格好だ。性格も正直ずぼらだし。
それに加え髪も短かったものだから、あまり女性らしくなかったというのが正直なところ。本人も自覚はあるようだった。
けど今は、髪を伸ばし見た目女性らしさが以前よりはアップしている。このことを言及して、照れるカーリャさんを視れれば儲け物だと思ったんだけど。
「なにおう? 生意気な口を利くようになったじゃないか」
いつの間にか背後に回られ、腕を首に回されて締め上げられてしまう。
「うぇっ。あはは、じ、冗談ですって!」
ギブアップ、とカーリャさんの腕を叩く。もちろん本気で締め上げられているわけじゃないし、本人も笑っているからこれはじゃれあいのようなものだ。
でも、軽くであるはずなのになぜかがっちり決められてしまい、抜け出せないのが不思議だ。昔はこうやってよくじゃれあったものだっけ。
やっぱり、カーリャさんはカーリャさんのままだった。女っ気の欠片もない。
拘束から解放されると、「懐かしいわぁ」とカーリャさんは笑う。
「いやぁ、あんた、全く変わんないね。ちっちゃいままだわ」
解放されたのも束の間、私にとって聞き逃せない言葉が聞こえた。ケラケラと笑いながら。じ、自覚していることをズバズバと……
「し、失礼な! これでも背伸びてるんですから! 多分……きっと……それなりに……」
慌てて反論するが、自分でも強く異議を唱えられないのが悲しくなってきた。
「ガキのまんま。胸もちっちゃいままだし、何か安心したわ」
「ひ、ひどいですよ! 私だって成長してますよ! いろいろ多分! カーリャさんだってまな板のように胸小さ……ごめんなさい何でもないです」
うん、まな板は言いすぎたと思うよ。だからそんな般若みたいな顔しないで! 怖い!
「コホン」
気を取り直して、本題に入ろう。いろいろとカーリャさんに聞きたいこともある。それに聞きたいことがあるのは、逆もだろう。
「えっと……カーリャさん、この組織って」
「組織『天』。私達はそう名付けてるよ」
組織『天』。それがここの名前らしいが、もしや、天使の天から取ったじゃないだろうな。
何故かどや顔してるけど、何だかネーミング安易じゃない?
「この空間は、天使の力で作った、天使以外に干渉されない領域。ここに、助けた人達を匿ってるんだ。悪魔には絶対ばれないしねー」
やっぱり、ここは天使の力で作った領域、か。だからみんなにはわからなかったけど、私だけは妙な気配を感じたんだ。
「そして、もう一つの目的。悪魔に対抗する力を蓄えること」
それはつまり、『天』は悪魔に対する対抗勢力ってことか。人々を匿うだけの組織じゃなく、ちゃんと迎撃の準備も整えている。
「天界が侵略されたあの日……命からがら逃げ出した天使達は、散り散りに人間界へ身を隠していたの。けど、人魔戦争のあの日を境に、そうも言ってられなくなった」
天界から逃げてきた天使は、思ったよりもたくさんいた。人間界ならば見つからないだろうと思っていたけど、世界が変わるきっかけとなったあの事件から、そう悠長なことは言ってられなくなったと。。
「だから私達は、残党勢力を集め、奴らに見つからないところで力を蓄えてるってわけ」
人々を保護し、且つ悪魔に対抗するための勢力を整える。それがカーリャさんの……組織『天』の目的。
「ホントなら、人魔戦争の時、私も助太刀して人間に手を貸すべきだったんだけどね。情けない話で、異変に気づいた時にはもう取り返しにならない事態に陥ってた」
あの時の悪魔の動きは、迅速なものだった。突如現れ、戦力を一気にぶつけてきた。予知でもしない限り、それに対応するのは難しいだろう。
「でも、神であるエルシャ様の力は離れていても伝わってきたよ。莫大な力の直後にそれは消えたけど」
莫大な力、というのは、エルシャの最期の力のことだろう。文字通り、身を削ってまで私達を逃がしてくれた力のこと。
「……私、何もできなかった」
あの時のことを、度々思い出す。実際に私は、何をしていただろうか。
怒りに身を任せ、救えたかもしれない命を救えず、姉の恩人に今までひどいことをしてきたお詫びも出来ないままに死なせてしまった。
「私は……」
「うじうじしてんな。その顔を見れば、何があったのかは察しがつく。それにその姿……守りたいもののために戦ったんだろ? それに人間なんて何とも思ってなかったエルシャ様が、自分の命を犠牲にしてまで。……いい人達に出会ったんだね」
それは、カーリャさんなりの慰めなのか、それとも渇なのかはわからない。でも、不思議と心は落ち着いていた。
私の頭を乱雑に撫でながら、カーリャさんはまじまじと私を見つめてくる。
「しかしその見た目……えらい変わったもんだね」
髪を手に取り、瞳を覗き込みながら興味津々に話す。この、金髪が混ざった茶髪と、エメラルドグリーンと茶色のオッドアイとなった瞳を見つめて。
「これは……人魔戦争の時に……」
「いいよ、わかってる。これでもあんたの性格は、わかってるつもり。さっきも言ったけど、大切なものを守るために、無茶したんでしょ? でなきゃ、世界全てを憎んでたようなあんたがこんなになるなんて考えられないもの」
世界全てを憎んでたって……そりゃ、あの頃はお父さんを目の前で殺されて、憎しみに支配されてた。だから否定は、出来ないけどさ。
「自分が大切に思えるものに……人に、出会えたんだね」
「……うん」
守りたいと思えるものが、できたから。不格好でも私は、今ここにいる。
「だ、け、ど。私はあんたに、許せないことがひとつある。」
「へ……」
「あんたが、"双翼"の片割れだったんだね」
私の目をじっと覗きこむカーリャさんの目からは、何だか圧のようなものを感じる。
「う、ん」
「"双翼"の活躍は耳にしてる。そりゃ世界のために戦うなんて立派なことさ。でも私は、戦うためじゃなくて、守るための力をつけろ、って言ったはずだよ」
そう、戦いや復讐のためじゃない。守るための力……そう言って、カーリャさんは力の使い方を教えてくれたんだ。
「立派なことをしてるのはわかる。でもね……いくら立派でも、あんたが悔しくて仕方なくても……危険なことはしてほしくないんだよ。……親として、子供には」
威圧感のある瞳は、かすかに揺れている。その奥には、私を心配してくれている気持ちが垣間見えた。
そして、カーリャさんがハッキリと自分を『親』、私を『子供』と口にした瞬間であった。怒られているのに、その事実が嬉しくてたまらない。
「な、何笑ってんのさ……気持ち悪いな」
どうやら私は、笑ってしまっているらしい。自分でも、気がつかないうちに
「何でもないですよぉ、えへへぇ」
「めちゃくちゃ腑抜けた顔してんじゃん。それで何でもないと思える方が難しいわ」
子供と呼んでくれたことが嬉しくて、でもそれを指摘する勇気はなくて。思えば、カーリャさんに面と向かってお母さんって言ったことないな。
それはやっぱり、まだ恥ずかしいから……でも、いつかは。
「ま、いいか。あんたがお世話になってる礼に、"双翼"の片割れ、あんたのパートナーにも会いたいんだけど?」
パートナー……つまりオルちゃんと、会いたいと言っている。私が行動を共にし、パートナーとなったほどの相手に会いたいというのは、当然といえば当然だろう。
私も、カーリャさんと親友を会わせたい。
ただ、気になることが一つ。
「……ん? どした?」
「ナンデモナイヨー」
オルちゃん(の胸)を見たカーリャさんがどんなリアクションを起こすかが予想がつかない。




