潜む悪夢
リーシャに、“例の天使”の居場所を教えたポニーテールの天使、サラリア。彼女は残った人達を集め、他の天使へとこの場の案内を任せた。
「あれ、リーさんはどこですの?」
「ちょっと感動的な場面の真っ最中だから、キミ達は先に行っといてね。邪魔しちゃダメだよ」
リーシャがいなくなったことを不審がられないために、ちょっと謎めいた雰囲気を醸し出しつつ納得させる。
彼女は天使の関係者なので、ここに知り合いがいると思っているのか……詳細を伏せても、納得してくれた。
「私はちょっと用事があるので、あとはお願いね」
他の天使に案内を任せたところで、自身はその場から離れる。周りには誰もおらず、そして通りの少ない小屋の中へと移動。周囲に天使の気配がないかを確認する徹底ぶり。
そこで彼女は、手のひらを広げ、そこへ向けて話しかける。
「来ましたよ、例のハーフエンジェル」
手のひらには、紫色に光る球体が表れている。物体ではなく、力の源のようなもの。そこから、ノイズが走るような音がしたあと、声が返ってくる。
『へぇ、やっと来たのか例のやつ』
向こうから聞こえる声は、表情こそうかがえないもののどこか楽しそうだ。この紫色の球体は、どうやら通信機のような役割を果たしているらしい。
その声の主に、サラリアは軽くため息を漏らして。
「しっかし、回りくどいことするなぁ。天使の拠点を見つけたんだから、こんなスパイじみたことさせずに即ぶっ潰せばいいのに」
『ちっちっち。言ったろ? それじゃ面白くない』
「面白くないって……」
こんな不満を漏らしても、声の主にはまったく届いていない。まあ、長い付き合いなのだからわかりきっていたことだが。
まさか、『悪魔である』自分が天使の拠点地にスパイ活動をするはめになるなんて、思いもしなかった。
『こうして天使の拠点がありゃ、その噂を聞いたハーフエンジェルはいずれ必ずここに来んだろ? あっちこっち探し回るのも疲れるし、そういうときは獲物が網にかかるのを待っときゃいいんだよ』
声の主の目的は、件のハーフエンジェル。天使の拠点があるとなれば、彼女は必ずそこに赴く。わざわざ探しに行くのも面倒だし、この方が可能性は高い。
『にしても、うまくいってんのか? そっち』
「えぇ。どんな原理か知りませんが、この“天使の姿へと変化する”薬は役立ってますよ。姿だけでなく、魔力から天力にまでそっくりそのまま変化させられる」
怪しく笑うサラリアは、懐からとある薬を取り出す。それこそが今話していた、“一時的に天使へと姿、力を変化させる”ことが出来る薬。
「あの変態科学者……腕は確かみたいですね。その他諸々はともかく」
『悪魔であるアタシらでも、天使に姿と力を変化させることができる……なんつーおぞましいもん作ってんだ、あのマッドサイエンティスト』
悪魔でありながら、天使へと姿、力を変えることができる薬。それをサラリア達に渡したのは、間違いなくマッドサイエンティストであった。
普通なら、そんなこと思い付きもしないだろう。忌むべき存在に化けるだなんて。
『悪魔四神だかなんだか知らねーけど、アタシ以上に頭がぶっ飛んだ奴がいるとは思わなかったぜ』
「まあ、そのおかげでこうして潜入でき、ハーフエンジェルの来訪も確認できたわけですし」
『それもそっか。……んじゃ、もうそこには用ねえな。お前一人でぶっ潰してもいいぞー?』
くくっ、ときゃ喉の奥で笑う声の主ののんきな言葉に、サラリアは冷や汗を流しつつ手を振る。その動作は見えてはいないが。
「いやいや、私一人でここの勢力全部相手にしろとか、さすがに死にますって。勘弁してくださいよバランダ様」
『キシシシ、ジョークだよジョーク。ま、もうしばらくは奴等を見張っててくれや。それと、いつも通りそこの存在は私以外には内密になー』
悪魔が潜入しているのに、なぜこの天使の拠点は無事なのか。……それはサラリアが、このバランダと呼ばれた悪魔以外には誰にもこの場所の存在を伝えていないからだ。
そしてバランダが、自分以外の誰にも告げていないからであった。
「承知しましたよ、バランダ様」
会話を終えたサラリアは、通信を切る。
天使の姿をした悪魔は、うっすらと笑う。彼女の影は一瞬、悪魔のように禍々しく変化した。




