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神殺しの弾丸  作者: 白い彗星
世界崩壊
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死した者



 悪魔に侵攻された人間界ではすでに、魔城となるものが出来つつあった。それは、人間の奴隷を使い作らせた巨大な建物であり、今魔王達がいるこの場所こそがそれだ。



 運命のあの日を境に、彼らの行動範囲は二つの世界となった。魔界、そして人間界。ずいぶん前に天界も掌握はしていたが、尚も天の力が蔓延るそこは、行動拠点とするには悪魔には些か負担が大きい。



 ということで、今は二つの世界が行動拠点となる。そして、魔界にある拠点とは別に、人間界にも拠点を作ることとなった。それがこの魔城。



 ……その一室。地下深くに作られた部屋に、一つの影があった。……魔王として君臨する、元人間ヒロト・カルバジナの姿がそこにはあった。



 地下だからだろうか、その部屋は暗い。まるで闇が辺りを包み込んでいるようだ。だが、暗闇ではない。どこからともなく、光が輝く。



 そして、歩みを進めることで響く足音の反響の大きさが、この部屋がとてつもない広さであることを物語っていた。その部屋の中央ともいえる箇所に、とあるものがある。



「…………」



 ヒロトは、そのとあるものの前で立っていた。それを見上げるその表情は、いったいどんな感情を抱いているのか、読み取ることは出来ない。



「……何故……」



 ポツリと、呟く。



 とあるものは、人一人が入って余りある入れ物のような形、そして大きさをしている。カプセル、と呼称しよう。カプセルのその中には、何らかの液体がカプセルの3分の2程の位置まで入っている。



 その液体は、原理はわからないが緑色に発行している。その輝きだけが、この暗い部屋を照らしす光となっていた。



 カプセルを……否、カプセルの中に入っている"もの"。液体の中に浸かるそれを見て、ヒロトは再度呟く。頭を抱え、誰に問うわけでもなく。



「こんなにも、胸が……ざわつく……?」



 ……魔王は、いやヒロトは、自分でも何故こんなことをしたのかがわからないでいた。己の行動が理解できない。



 ただ……あの場に置き去りにすることは、出来なかった。したくなかった。それだけは、理解することが出来た。



 液体の中に入っている"もの"……否、全身が液体に浸かっている"者"を見て、自問自答を繰り返す。ただの人間に……生贄に、何故こんなにも心が乱されるのか?



 答えは、出ない。



「お前は何故、俺の心をかき乱す……!?」



 ヒロトは問うた。自分しかいないはずのこの部屋で……自分にでは、ない。目の前のカプセル……その液体の中に眠る、アカリ・ヴィールズに向けて。



 液体の中にいるのは、先の人魔戦争にて命を落とした……アカリ・ヴィールズであった。



 衣類は身につけず、一糸纏わぬ姿で液体に入れられている。死の原因となったのは、腹を貫いたヒロトの腕。だがその腹には、生々しい穴はなく……見事に、塞がっていた。



 他にも、傷ついたはずの体には傷一つない。この液体に何らかの回復作用がある……それは、明らかであった。傷ついた体を癒す、そんな能力があるのだろう。



 液体の中にあっても、呼吸器のようなものを口に付けられているために窒息死することはない。……というか、窒息死も何もない。



 アカリ・ヴィールズは"死んだ"のだ。人魔戦争の折、他ならぬ魔王・ヒロトの手によって。それは疑いようのない事実で、自身の中にもその記憶は刻み付けられている。



 それなのに、何故わざわざ人間を……しかも、死した者を連れてきてしまったのか。あまつさえ、こうして保管しているのか。連れてきた自身でさえ訳がわからず、困惑していた。



「……またここにおられたのですか、魔王様」



 自身の気持ちの正体がわからないままの魔王・ヒロト。その背後から声をかけるは、大参謀であるキルデだ。彼の言うように、魔王であるヒロトは度々この部屋を訪れていた。



 この部屋の存在は、魔王・ヒロトとキルデ以外に知る者はいない。アカリを連れてきたことも、回復液に入れていることも……誰も、知らない。



「……なぁ、これは単なる生贄だろう? なのに何故、ここに連れてきた? こんなにも、心が掻き乱される?」



 背後にいるキルデに問い掛けるも、それをした本人でさえわからないのに、別の者に問うてもわかるわけがない。そんなことわかっている。わかってはいるが……口に出さずにはいられない。



 答えのない問いかけ。しかしその問いの答えに、キルデは心当たりがあった。魔王となって、人間でなくなっても、アカリをここへ連れてきたその理由。



 アカリ・ヴィールズは、ヒロト・カルバジナの幼なじみ。……答えだけを述べるなら、これだけで充分だろう。



 ヒロトは魔神の子……魔王として、人間界に落とされた。そこで、時が来るまで人間として過ごし、彼に都合がいいように本人の、そして周りの人間の記憶が書き換え"られて"いた。



 結果として、アカリ・ヴィールズという人間の幼なじみという記憶が彼女に、そしてヒロト自身に刻まれた。



 ヒロトを監視するため人間界に降りたキルデ。彼もまた記憶を書き換え、結果としてオルテリアの幼なじみだと彼女に思わせることができた。もちろん、キルデ本人の記憶はそのままに。



 ここで、二者には大きく異なる点がある。小さくも、それはとても大きな違い。



 それは……キルデは自ら、ヒロトは自然と、他者の記憶を書き換えたということだ。故意にかそうでないか、その違い。



 大した違いがあるかないかで言えば、大いにある。自ら他者への記憶操作を行ったキルデは当然、自身が悪魔だということを知っている。自分の記憶は、別にいじる必要はないのだから。



 対してヒロトは、他者、そして己に無意識に記憶操作を行った。そのためヒロトは、自身が『人間』だと信じて過ごしていた。



 そして、ヒロトに魔王としての記憶が戻った際……人間ヒロトとしての記憶は、全て消えた。消えたのだ。それは、間違いない。



 ……こうして、"生贄"であるはずのアカリを連れてきて、傷を癒している。死した者は生き返らない。ここにある技術を全て使ったとしても。それをわかっていながら……無意味な行為を、続けている。



 キルデは、気づいていた。あの日……魔王として復活した彼が、リーシャ・テルマニンに銃口を向け、弾丸を放ったあの時。結果として神エルシャが死ぬこととなったあの時……



 ……ヒロトが流す涙に、キルデは気づいていた。



 アカリを殺したどうしようもない罪悪感から? リーシャに向け撃ってしまったから? エルシャを撃ち抜いた事実から?



 ……いずれも、魔王が涙を流す、というありえない現象の説明としては成り立たないものであった。あの涙は、見間違えでは、ないのだろうから。



 人間としての記憶はなくとも、感情が残っているのだろうか? バカバカしい……と、そう思いながらも、そう思う他なかった。それでしか、説明できないから。



 本来、ありえないことだ。そもそも人間界での生活は、時が来るまでの仮の生活。その姿も、記憶も、全て都合のいいように作られたものだ。『人間』として、仮の生活を送っていたにすぎない。



 魔王の記憶と力を取り戻す手筈として、"最も愛する者を殺す"ことが条件となる。それを行い、ヒロトは魔王としての記憶と力を取り戻した。その時点で、人間としての記憶は消えている。



 さらに、天界の神を殺す"神殺し"を行ったことで、世界に嫌われることとなり……結果として、もう二度と光を浴びることは出来ない。彼は、もう戻ることは出来ない。



 とにもかくにも、魔王の中に人間としての記憶……いや、正確には人間としての感情が残っていたということだろう。信じられないことだが。



「魔王様……ここで、いつまでもこうしていても仕方がありません。この者は魔王様復活の生贄として、その天寿をまっとうしたのです。魔王様が手にかけ、その命を奪ったのです」



 その事実を、改めて伝える。ここにいても、彼女を眺めていても何も好転しないのだと、それを告げる。



「死した者を生き返らせることは、例え魔王様であっても叶いません。ですから……無駄なのですよ、こんなことをしていても。それよりも、行きましょう。魔王様にはまだ、やってもらわねばならないこともありますので」



「……わかっている」



 こんなことしても無駄、無駄なのだ。価値のない、行為。もしも、魔王様が腑抜けている原因が、これだとしたら? そうだとしたら、この部屋にもう入らせない方がいいだろう。



 ……いや、いっそのこと、この部屋もあの人間もこの手で跡形もなく、消してしまえば……



 キルデの言葉により、部屋を後にするため歩きだす魔王。コツコツ……と足音が響き、出口に差し掛かる。差し掛かり……足音が、止まった。



 背後に着いていたキルデも、同じく足を止める。いったい、どうしたのだろう……それを聞くより先に、魔王が口を開く。その言葉は冷たく、まるでこちらの心を見透かしたかのような内容で。



「一つ、いいか。もしこの部屋を……あの人間を壊すことがあったら……いかにお前でも、この手で殺すからな」



 背後にいるため、その表情は、わからない。



 が……その声は、冷たい、ひどく。それも、今まで無関心を貫いてきた魔王から初めて聞いた、感情のこもった……殺意のこもった、そんな声だった。



「……えぇ」



 この部屋にもあの人間にも、手出しは出来ない。まるで釘を刺された気分になり、キルデの額からは汗が流れていた。

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