なくなったもの
「お疲れ様でした、魔王様。わざわざお手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
とある一室。集会……と言う名の、魔王の力を認めさせるためのデモンストレーション、それが終わった後のこと。この場に集う魔王、悪魔四神を見渡すは、悪魔大参謀であるキルデ。先ほどの一幕を思い出し、笑う。
「いやぁ、皆さん血気盛んなようで結構結構」
「単なるごろつきの集まり、とも言えますがね。しかし、彼らに認めさせるためとはいえわざわざあんなことまでする必要が?」
悪魔四神メルガディスが、首を傾げる。先の集会の時、新たに現れたキルデと魔王に不信感を抱く者は多かった。だから認めさせる必要があったにはあったが……それにしては、やり口が強引ではないか。
「有象無象を認めさせるには、恐怖で支配するのが一番ですからね。これで大部分は、魔王様のお力をしかとその心に刻みつけたことでしょう」
言葉巧みに説明する手もあったが……それだといろいろ面倒だし、手っ取り早いのはこれだろう。圧倒的な力を持って、黙らせてしまえばいいのだ。
しかし……
「まだ、完全に認めていない者もいるようですが、ね。ま、そこは追々と……変な反感を抱かれても面倒ですからね。念には念を……忠義心は大事ですよ」
「いちいちあんな雑魚共のご機嫌取りとは……大参謀サマも大変だねえ」
いかにまとまりのない集団であろうと、変に反抗されてしまっては面倒だ。そうなってしまう前に、示しておかなくてはならない……お前達の上に立つのは、この男だと。
「まあ、まだ我々の邪魔をする者がゼロになったわけではありませんからね」
「あぁ、そういやあちこちで魔物とかが消されてんだっけ」
「えぇ。おそらく、学園の生き残りでしょう」
人間界で唯一我等に対抗出来るであろう勢力……神力学園。しかしそこはすでに、この世界にはない。そこにいた者達を皆殺しにした……というわけでは、ないのだが。単に、場所が無くなったというだけの話。
おそらく、反乱の意思はまだ生きている。エルシャの、最期の命がけの行動によって。
「元神の最後の悪あがき……誤算でした。まさかあんな力を残しているとは」
天界侵攻の際、魔神によって力の大半を失った神エルシャ。残る力もヒロト・カルバジナに渡し、力は果てた……と思われていたが、ヒロトの特殊な体の構造が、力を消費させるでなく存続させていた。
本来なら、人間が使えば消費され無くなってしまう力。だがエルシャも知らなかったが、魔王であるヒロトの体の構造は人間とは根本的に違うのだ。そのため、消えるはずの力は彼の中で生き続けていた。そしてそれは、いつしかエルシャの下に戻された。
……とはいえ、本来の力に比べれば残りカスのようなもの。
「復活したばかりの状態とはいえ、魔王様の波動を相殺……その上、あの場にいた学園生徒をランダムの地にバラバラに移動させるとは」
まさか、残った程度の力であそこまでのことが出来るとは、想像していなかった。もしあの場にいたのが、フルパワーになったエルシャだったらと思うと……ゾッとしない。全滅していたのは、こちらだったのかもしれないのだ。
「まあ、神様ってのもどーせ死んだんだからいいんじゃねぇの」
のんきに欠伸をしながら返すは悪魔四神ゴディルズ。それを見て、同じく悪魔四神のメルギィスが口を挟む。のんびりした……というよりだるげな態度を隠しもしない彼は、すでに興味がなさそうだ。
「えぇ、彼女の戦力を欠いたことは大きいでしょう。力を使い果たした彼女の……存在は、消失した、これは疑いようのない事実ですからね」
力の消耗……そして何より、その胸に受けた"神殺しの弾丸"。それが、エルシャの敗因、その決定打になった。神の力をも無力化させる力……それを受けたエルシャは、自らの存在の消滅を覚悟で力を使い果たした。
「本来、神が死せばその身は世界の糧となり、魂は天上にてこの世を照らす光となる。つまり、肉体は世界に捧げられ、魂は世界を見守ると……何とも面倒ですねぇ、神様ってやつは」
神の死とは、本来"神の子"が生まれた後に起こってきた。不思議とその逆、子が産まれる前に死ぬことはない。それは神の血を絶やさないために、"そうなっている"のかは定かではない。
だが……今回の件で、神の血を引く者はいなくなった。世界を創造し、見守ってきた神という存在が消えてしまったということ。この先、何が起こるのかは誰もわからない。
「今回、"神殺し力"によって命が絶たれた。神の力全てを使い果たした上での死……それは、肉体も魂も、一片の欠片もなく消滅したということ」
神としての力を失ってしまったエルシャは、言ってしまえば神ではない。神という存在が消され、もはや神とは呼べない者の死。そして神が神でなくなったということは、本来世界に捧げられるべき肉体が……見守るべき魂が、途絶えてしまったということ。この世界において、もっとも許されない罪。
一つだけ言えるのは、もうヒロトは……光の下で生きることは出来ない。世界に反逆した魔王として生きていくしかないということだ。たとえ、本人の意思ではなかったとしても。
「神の存在は消え、一番の厄介の種は消えました。ま、消えた学園生徒の行方を探すのは少し厄介ですがね。ま、ほっといても向こうから動いてくれるでしょうから、気長に待てば……」
「どーでもいい」
これは愉快だと、嘘臭い笑顔を浮かべるキルデ。その言葉を遮るは、魔王の声だ。しかしその言葉には、憤怒、悲しみ……どころか感情すら感じられず、ただただ冷たい、声だった。
「殺すなら殺せ。くだらん話に興味はない」
「ど、どちらへ?」
「風に当たってくる」
元は、自分が通っていた学園の話。だがそれすら興味を示した風はなく、早々に話を切り上げる。今まで黙っていたかと思えば、急に足を動かし……部屋を出る。
ただそれだけで、部屋には緊張が張り詰めていた。それだけ、彼の一挙一動には注目が集まる。
「いきなり何事かと思ったぜ」
「……ホントに人間の頃の記憶、無くなってんだね。そうでないとこっちとしても困るんだけどさ」
彼が魔王として復活してから、短くない時間が経った。目覚めてから時が経てば魔王として破壊の限りを尽くすかと思っていたが……実際には何事にも無関心。まるで、心が無くなってしまったようだ。




