魔を束ねる者
ーーー今より時を遡る。人間界に悪魔が攻め込み、そして神力学園での死闘を勝利に収めた悪魔達。彼らは、その後瞬く間に人間界を支配していった。
支配された人間界は闇に包まれ、人間達は蹂躙され……世界が混沌に陥り始めた頃。
「さて……皆さん、とりあえずご苦労様です」
ここは人間界のとある場所。巨大な建物の前、集まった万を超える悪魔達を見渡し、人間界での活動への労いの言葉をかけるは、キルデ・オスロの名で人間になりすましていた悪魔大参謀。
「私、参謀を務めております。大参謀なんて呼ばれてましてね。……はじめましての方も多いでしょう、初めて見る顔がたくさんですね」
人間界に降り立っていたキルデは、最近の魔界情勢を詳しくは知らない。なので、ほとんどの悪魔は初めて見る顔ばかり。それは逆も然りであり、この中の大半が、悪魔大参謀、そして魔王の存在に疑問を持っていることだろう。
今まで自分達が仕えてきたのは、魔神、そして悪魔四神だ。最も、悪魔四神の内一人は天界侵攻の際、気付けば行方不明になってしまい今は三体のみだが。
それを、ポッと出の魔王、悪魔大参謀と名乗る男に仕えるというのは、納得しない……それが、この場にいる悪魔の大半が感じているものだ。
それが態度に現れている者、露骨に不満そうな顔をしている者は少なくない。キルデは建物の上から、階下の悪魔達を見やる。
「こほん。さて……今回の人間界侵攻によって我々は、魔界、天界、そして人間界の三つの世界を掌握したことになります。何ともめでたいですねぇ」
今自分達は、三つの世界を手中に納めた。その事実に、大変満足げな言葉を述べるが……次の瞬間に大参謀の目が変わる。
「しかし……この場で私、そして恐れ多くも魔王様を認めていない者が、この中の大半を占めているようですねぇ」
悪魔達の態度に、キルデが気づいていないはずがない。彼の発したその言葉に、悪魔達は身構える。その体からは、間違いなく殺気のようなものが溢れているのだから。
しかし大参謀は、それを気にした風もなく語る。
「私のことはともかく、魔王様のことは早急に我等の長だと理解していただきたい。……とはいえほとんどの者は、そのレベル差ゆえ魔王様の強大な力を感じられないであろうことも事実」
やれやれ、と肩を竦めるキルデは躊躇なく煽っていく。遠回しに、この場の悪魔ほとんどのレベルの低さを指摘したのだ。貶され、悪魔達の表情は良いものにはならない。中には額に青筋が浮かぶも者もいる。むしろ今にも襲い掛かりそうだ。当然の話かもしれないが。
「おっと皆さんそんな怖い顔をしないで。突然現れた得たいの知れない者を長と認められないその気持ち……わからなくはありません。というわけで手っ取り早く、魔王様の力を見せつけていただきましょう」
殺気たつ悪魔達に向け、手っ取り早く認めさせる方法は一つだ。力に疑問があるなら、その力を示せばいい。簡単な話だ。
直後に、キルデの背後から何かが飛び立つ。それは、天高くへと飛び上がったかと思えば、まるで雷のように悪魔達の群れへと落ちていく。
「!?」
鋭い爆音……それは、『何か』が落ちたその場所から鳴ったものだ。そこに落ちた『何か』から距離を取る悪魔達……ゆっくりと『何か』は立ち上がり、爆音とともに上がった煙幕から徐々に姿が明らかになっていく。
悪魔達にに囲まれるように降り立った『何か』……いや、その人物は真っ黒な髪を、鋭い瞳を、その全貌を現す。人の姿をしたそれは、しかし人からはあり得ない魔力を溢れさせている。
「その魔力……わざわざ紹介する必要もありませんが、彼が我らが王! 新たな魔王となったお方です!」
その場に降り立ったのは、魔王……かつて、ヒロト・カルバジナとして人間界で暮らしていた、平凡よりも少し落ちこぼれであった少年だった。
その姿は、間違いなく人間。悪魔は基本人間に似たシルエットをしているが、それでも『似ている』だけだ。だが魔王と称された彼は、間違いなく人間だ。
なぜ人間が、こんなところにいる。なぜ人間が、魔王などと呼ばれている。……なぜ人間が、こんなにも禍々しい魔力を放っている。
「その方が魔王であることは、その膨大な魔力を感じれば疑いようもないでしょう。それでも疑問のある方は、どうぞご自由な判断で確かめてください」
魔王……彼をそう認定するかはまた別の話だが、少なくともその力は、並みの悪魔の魔力量を遥かに越えている。いや、それどころか悪魔四神や、それ以上の魔力を見せる大参謀よりも……
「ふん! なら、遠慮なく試させてもらおうか!」
しかし、それだけで萎縮してしまうほど、この場にいるのはかわいいもの揃いではない。その魔力を前にしても臆せず、前に出るのは巨大な悪魔。ズンッ、と地響きを鳴らせるその足だけで、魔王を踏み潰せてしまうほど。
それは集まる悪魔達の中でも一際大きいだけでなく、その魔力も段違いだ。岩のようにゴツゴツとした拳を振り上げ、魔王へと振り下ろしていく。
「こんなひょろっちい魔王、俺様がぶっ潰してやる!」
これが直撃したならば、あんなひょろひょろした体など木っ端微塵だ。それどころか、周辺にまで多大な影響を及ぼすであろう威力を持つ。それを見て周りの悪魔は慌て逃げるが、間に合うはずもない。
そのまま、振り下ろされる拳は、微動だにしない魔王へと直撃して……
ズンッ……!
「……あっ?」
粉々になる魔王、割れる地面、巻き添えをくらう悪魔達……その未来予想図が、しかし現実とはならなかった。確かに拳は魔王に直撃したが……その拳を、魔王が受け止めていたからだ。
己の体など、覆えば包めてしまえるほどの大きさ……それを、魔王は受け止めた。それも、片手でだ。その光景に、皆、拳を繰り出した本人でさえ言葉が出ない。さらに力を込めようが、動かないのだ。
「ぐっ……ぅっ、いで! いでででで!」
動かない、離れもしない……それどころか、拳を受け止めている魔王はその手に力を込めていく。悪魔にとって、か細すぎる手……その握力など知れたものだと鼻で笑うが、それも一瞬。この男の、どこにこんな力があるのだと思えるほどの力で返される。
何とか抜け出そうともがくが、どうあっても離れない。このままでは、手が壊れてしまう。
「わ、悪かった! あんたを、みと、めるから……!」
あまりの力に、悪魔は思わずギブアップ。巨大な悪魔が、一回り以上小さい魔王に許しをこう……その姿は何とも滑稽なものであったが、しかし事態は収束しない。本人がギブアップしようが、拳から血が流れようが、骨が折れる音がしようが……
「あぁっ!? た、頼む……! もう、さから、わないから……た、助け……!」
そして……それは最期まで続いた。悪魔の体が、粉々に、砕けるまで。
「……は?」
誰ともわからぬ声が、集団から上がる。今、何が起こった。どうして、あの悪魔が粉々に弾け飛んだのだ。助けてと懇願したあの悪魔は、情けも容赦もなく。
魔王はただ、悪魔の拳を受け止めていただけ。それ以外の行為は見受けられない。しかし、現実として悪魔は身を粉々にして……その命を絶たれた。間違いなく、魔王により。
「……」
「これで魔王の力、少しは伝わったでしょうか。まだ認めない者は……もう、いませんよね?」
何を考えているのか、わからない魔王……そして彼を連れ帰った大参謀。彼らは、自分達とは遥か遠くの存在にいるのだと、集った悪魔達は理解する。
魔王……そう名乗るだけの実力が、この男にはある。その事実は、この場に集う悪魔達の心に焼き付けられた。自分達の王となる存在……それが、ここにいるのだと。




