悲劇の日から
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……ゆっくりと、目を開ける。目の前に広がるそこは、見たところ一面の花畑だった。真っ赤だけど綺麗な花があちこちに咲いていて……目の前には、大きな湖が広がっていた。
『んっ……?』
ぼぅっとしていた視界が、次第にクリアになっていく。私は、湖の中にとある影を見た。それは、どうやら人影……人が、立っているのだ。湖の中に、膝まで浸かる位置に。
その人物は、赤い髪のショートヘアであった。燃えるようなその色を、見間違えることはない。その人物は、向こう側を向いていてこちらから顔を見ることは出来ない。
だけど……
『……アカリちゃん?』
後ろ姿だけで、はっきりとはわからない。でも何故か、その人物がそうであるという確信めいたものがあった。
その人物……彼女、アカリ・ヴィールズは……私の親友だ。辛い時にあった私を助けてくれた恩人でもある。……でも何で、こんな所にいるの……?
……だって彼女は……もう……
『ぁ……』
そんなことを考えている間にも、次の瞬間には彼女……アカリちゃんは、足を進めていく。湖の奥へと、自ら……
『アカリちゃん……? 待って! アカリちゃん!』
それを見て、私は追いかける。ここからそこまで距離はない。しかも、相手は歩いている。水の中を。走れば追いつける。……はずなのに。
不思議と、前に進んでいる気がしない。私は今、確かに走っているのに。
それとは逆に、どんどんアカリちゃんとの距離は離れていく。アカリちゃんだけが、向こう側に行ってしまう。手を伸ばしても、届かない。
何で……何で、追いつけないの!
『アカリちゃん!』
私、アカリちゃんに言いたいことがいっぱいあるのに……だからお願い! 止まって!
『……』
止まってと、強く願う。……するとまるでその願いが通じたかのように、アカリちゃんは足を止める。
『リーシャ』
不意に、私の耳に届く声。それは、湖の中の人物が発したもの。それほど大きな声ではないのに、頭の中に直接届いてくる声。
リーシャとは、私の名前だ……リーシャ・テルマニン。今、確かに私の名前が呼ばれた。その声は確かに、アカリちゃんのものだ。
声を聞いただけで、私は涙が出そうになる。
『アカリちゃ……』
『どうして?』
何を言えばいいかわからない……しかし私の言葉は、彼女自身の声によって遮られた。
『酷いよ……
痛かったんだよ
苦しかったんだよ
どうして……?』
ゆっくり振り返った彼女の、アカリちゃんのその顔は……赤く、血に、染まっていた。見開いたその目が、私をじっと睨み付ける。その声が、視線が、存在が、私をその場に縛り付けて離さない。
『リーシャ…………どうして、あの時助けてくれなかったの?』
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「うぁあああああああああああ!!!」
気がつくと、私は叫んでいた。視界がチカチカして、血の気が引いていく。その場に起き上がり、心臓がばくばくと動いているのを確認する。
「ど、どうしましたの!?」
アカリちゃん……そうだ、私はアカリちゃんを……いや、みんなを、助けられなかった……だから……
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
体の震えが止まらない。自分で体を抱きしめるように手を回しても、効果はなかった。ガタガタと、体の震えは止まってくれない。
「顔が真っ青……落ち着いて! 聞こえませんの!?」
誰かの声が聞こえる。アカリちゃんではない、誰かの。体を揺すり、必死に私に呼びかけてくれている。
「しっかりなさい!」
パシンッ!
……突如、頬に痛みが走った。ピリッとひりつく、痛み。その衝撃で我に返った私はようやく、目の前にいた人物を確認することができた。
「あ……」
その人物は、心配そうに……しかし、凛とした瞳を私に向けていた。私の肩を掴んで……
「……まず、深呼吸してください。ゆっくり……」
……言われた通り、ゆっくりと深呼吸をしていく。……すると、何度か繰り返すうちにだいぶ、落ち着いてきた。
「落ち着きました?」
「……うん、ありがとう」
落ち着いた状態で、改めて辺りを確認する。花畑……ではなく、私は布団の上で起き上がっていた。息は乱れ、汗が噴き出ている。服がびっしょりで気持ち悪い。
息も荒いし、頭の中がぐちゃぐちゃしている。
「はぁ、はぁ……」
ここは……? ……そうだ、確か私達……寝床を探してて、見つけた空き小屋で寝ることにしたんだっけ。電気もついていない、薄暗い木造りの空き小屋。
「大丈夫ですの?」
息を整えていると、目の前の人物が私を心配して背中を擦ってくれていた。……うん、落ち着く。
「う、うん……もう大丈夫。起こしちゃったかな…………ごめんね」
背中を擦り、先程ビンタをして……私を心配してくれていたのは、今一緒に旅をしている人物。綺麗な青色の髪を持つ、オルテリア・サシャターンだ。
彼女のおかげで、我に返った。……私がさっきまで見ていたのは、夢……か。いやにリアルで、心に響く夢だった。
「いえ、お気になさらず。それよりも……随分うなされてましたわ。"また"、あの夢ですの?」
私が騒いだことで起こしてしまったが、彼女は気にしてないと首を横に振る。そして、私がうなされていた原因についてを問いかける。
彼女が言う、あの夢……"また"と言う、その通りなのだ。この夢を見るのは、何も今日が初めてではない。
実際にはこれまでにも、何度か……同じような夢を見ている。それに、あの夢だけじゃない。……あの悲劇の日のことが、毎日のように夢として思い出されるのだ。
それも、今のようにリアルな感覚として襲ってくる。さっきまでのように体を震わせたのも、汗を流したのも何度目体をわからない。
「……うん。またあの、夢……」
「そう。……あれから半年経ちますのに、まだ気になさっているんですの?」
あれから半年……そう、あの事件から半年経ったのだ。神力学園が悪魔に襲われた、あの事件から。思い出したくもない、あの事件から。
あれからまだ半年しか経ってないと言うべきか……もう半年経ったと言うべきか。だけど、半年という時間が経っても……忘れることはできない。忘れては、いけないんだ。




