さよなら
先生は、ヒロトの手により深い闇の中へ……無間地獄と呼ばれる、名の通りの何も無い永遠の孤独を与える空間。そんなところで、一人孤独に死んでいく……?
そんなところに、先生が……? 助けることも、できない……一体、どうすればいいの……?
「!?」
ゾワッ、と……瞬間、凄まじい悪寒が走る。これは気のせいではない。悪寒の正体、それは……ヒロトの所に、魔力が収束しているせいだった。これは、ヒロト自身の魔力とはまた別の。
先程キルデが放ったものよりも、さらに規格外の闇のエネルギー。それが、いつの間にかヒロトが手にしていた剣に集まっている。
あれは……?
「それ……魔剣、デスピア……ね」
それを見たエルシャが、呟く。その剣を、魔剣……と。話には聞いたことがあるけど、あの禍々しいものが……魔剣?
魔剣とは……血をすすり、それを己の力に変えるという、何ともおぞましい剣。それは、カーリャさんと一緒に生活していた際に聞いたことがあるものだった。
魔剣に収束する力。それは膨大な力であるというのはすぐにわかった。あんなものを放たれたらと考えると、それだけで恐ろしい。触れただけで消し飛んでしまいそうな、そんな力。
さっきから……どうしようもない絶望感が、私の気持ちを押し潰してばかりだ。
「何て顔してんのよ」
そんな私の気持ちを察してか、ふと優しい声がかけられる。それは、こちらを見つめるエルシャのもので……こんな状況なのに、とても穏やかな表情を浮かべていた。
「人生諦めたような顔しちゃって」
「それは……でも、あんなの、どうしようも……ない」
もう私達には抵抗する力どころか、逃げる力さえ残っていない。それに、例え力が残っていても……私の力じゃ、この力の前に抵抗は抵抗にすらならない。
この規模の前には、逃げても意味がない。もう、手段は何も……
「確かに、あんなのぶっ放されたんじゃたまったもんじゃないわ。だから……」
「……え」
……刹那、エルシャの体から……凄まじい力が、放出される。その力は、先生と同等……いや、もしかしたらそれ以上の力かもしれない。
力はほとんどが奪われてるはずで、それすらも今尽きようとしている。立っているのがやっとの身……だというのに、今のエルシャのどこにこんな力が、と思えるほどだ。
そしてそれはまるで……残る全ての力を解放しているかのようだ。いや、残る……限界以上の力を引き出している?
放出される凄まじいまでの力は、強大なオーラとなって目に見える形で溢れ出す。温かに輝く光のオーラを……エルシャは身に纏う。対してヒロトは、冷たく暗い闇のオーラを。
エルシャから、今までに感じたことのない力を感じるのだ。それは神々しささえ感じる力……これが、神の力だというの……? その力を感じるだけで、光を浴びるだけで……体が暖かくなっていく。
ほとんど残っていない力でここまでの力を出せるなんて……本来の力は、一体どれほどのものを……?
「まさか……!」
この状況で、限界を越える力の放出……エルシャが何をしようとしているかなんて、安易に想像がつく。
残った力全てを使って、向こうの攻撃が襲い掛かってくる前にこっちから仕掛けるつもりだ。
向こうは、魔力不安定のヒロトが力を収束していることで、他の悪魔の力まで吸い取ってしまっているようだ。だからヒロトにさえ攻撃を当てられれば、事態は好転するかもしれない。
しれない、けど……
……残った力を全て使い尽くす行為。それが……ただで済む、はずがない。それは命をも危険にさらす行為だ。
「ダメっ、そんなことしたら……!」
そんなことしたら……力を使い果たして、エルシャは……!
「はぁ、不思議だな……守りたい人がいる。ただそれだけなのに……体の底から、力が湧いてくる」
命を危険に……どころの話ではない。文字通り命を燃やして、挑む行為。そんなことはさせられない……してほしくないと私は、声を荒げる。
だが対称的に……エルシャは落ち着いたものだ。彼女のその顔は……それは、覚悟を決めた者の顔だということが伝わってきた。
エルシャとヒロト……神と魔王の互いの力が、みるみる高まっていく。他者には手出しできないようなレベルにまで。
両者が決定的に違うところは、エルシャは力を出せば出すほどその身を削っているということ。気のせいではない……エルシャの体が、透けてきている。
このまま力を解放し続けたら、彼女は……死ぬ。いや、死ぬじゃすまない。
「もういいよ! そんなに力を使ったら死っ……消えちゃうよ! だから……」
「私さ、結構楽しかったよ……ここでの生活。それはきっと、みんながいたから」
命を燃やし尽くし、死ぬ……そして、後には何も残らない。体は消滅し、文字通りその場から消える。それは最悪の未来で、確信を得ている。このまま続けさせてはいけないと。
だというのに、こちらを見つめるエルシャの笑顔は、神様とかそんなのではなく、紛れもなく……一人の女の子そのものだった。
「だからさ、みんなには生きてほしいんだ。アカリちゃんは……あんなことになっちゃったし、ヒロト君だって。……でもせめて、もう誰も死んでほしくない。だから……!」
強い瞳で。強い声で。悲しい顔なんか一切見せずに。
「……生きてね、リーシャ」
彼女は、私に……「生きて」と、そう伝えた。
「エル……!!」
「ぁあああああああっ!!」
直後……エルシャの力が、全ての力が、彼女の手の中に集まっていく。それは神々しく輝き……その眩しさに、目を開けていられなくなるほどだ。
でも私は、目を閉じない。覚悟を決めたエルシャの……姉の親友の……最後に心を通わせることができた私の友達のその姿を、しっかりと目に焼き付けるために。
「おぉりゃあぁああああああ!!」
手に溜めたそれは、まるで光線のように放たれた。極太の光線は、一直線にヒロト目掛けて向かっていく。あれが当たれば、いかに魔王といえどただでは済まないだろう。
周囲に存在する悪魔は、その輝きに当てられただけで消滅していくほどの、強大なエネルギー。膨大なその力の放出……それに伴い、エルシャの体はどんどん透けていく。それが何を意味するか、わからないはずもなく。
「ぁ……」
当たればただでは済まない膨大な力。だが、エルシャの攻撃が到達する前に、ヒロトは闇のエネルギーを放つ。同じく光線状のそれは、光と闇のエネルギーとでぶつかり合い、凄まじい衝突となる。
その衝撃に大地が割れ、大気が揺れる。それは気のせいではないだろう。
「うっ……!」
二つのエネルギーの衝突は、ただ見ているだけでも体に振動が伝わってくる。ヒリヒリと、体が熱くなっていく。
「くっ……ぅ、あぁああ、ああああああ!!」
エルシャの気迫が、ここまで伝わる。負けない……その想いに応えるように、エネルギーもどんどん大きくなっていく。
だが、魔王のエネルギーを跳ね返すには至らない。懸命なエルシャに比べ、ヒロトは涼しげな……いや、ただ無表情だ。余裕が、あるのか……それとも、何も感じていないのか。
押されもしないが、押し返すにも足りない。二つのエネルギーは、互いに互いを反発し合っている。
「エルシャ……!」
次第に……二つのエネルギーの力の反発が、だんだん大きくなっていく。
光と闇……それらがぶつかり合い、それでもどちらが片方の力を上回ることもない。衝突している部分から、まばゆいばかりの光が発現して……それは、どんどん大きくなっていく。
「エルシャー!!」
衝突の光はエルシャを、私を……周り全てを、包み込んでいく。最後に見たエルシャの姿は、私達を守るように立つ立派な姿だった。
その姿を最後に…………全ての視界は、真っ白になった。




