やわじゃない
流れる涙を、拭う。彼女に何をするどころか、この状況でも心配ないと気を遣わせてしまう始末だ。
そしめ次の瞬間彼女……エルシャが、私の腕からゆっくりと起き上がる。
「……エルシャ?」
呼び掛けにも応じず、エルシャは立ち上がる。傷口自体は大したことがなくても、既にかなりの力を奪われてしまったのか……ふらふらだ。
神殺しのそれが本当なら、エルシャはその力を、いや命をじわじわ削られているのだ。
「おや、終わりましたか?」
「えぇ……わざわ、ざ待っててくれるなんて……律儀ね……」
「最期の別れの挨拶くらいはね。せめてもの慈悲です」
喋るだけでも、苦しそうなのに……キルデに対して、不敵な態度を崩さない。いつもの、いつも通りの姿のように。
「エルシャ! じっとしてなきゃ……」
「だい、じょ……ぶよ。はぁ、はぁ……」
「強がりですねぇ」
苦しそうなエルシャに、キルデはただただ笑みを浮かべる。もう何の抵抗も出来ない……そんな私達が、おかしくてたまらないのだろうか。
「待ってキルデ! 待ちなさい!」
その様子に、今まで傍観していたオルテリアさんの声が響き渡る。どうしてかはわからないけど、彼女はキルデに何かをされ、一時的に神力が使えない状態にある。
「……嘘、だったんですの? 今までの……楽しいことも喧嘩したことも全部! 私達、小さい頃から……!」
「……小さい頃、ですか。そんなものまやかしですよ。なら覚えてますか? 私達が初めて会ったのがいつなのか」
「それは……もちろん。それは……あ、れ……それは」
幼馴染だというなら、いつ出会ったのか覚えているはずだ。キルデの言葉に、オルテリアさんは頭を押さえる。いつ出会ったのかを……思い出そうとしているように。
でも……思い出せない。まさか、幼馴染っていうのは記憶を改変しているの……?
……アカリちゃんと、ヒロトのように。
「……思い、出せませんわ。……けれど、そうだとしても私は、貴方と過ごしたあの時間までもが嘘だとは思えません!」
それでも彼女は、まっすぐにキルデを見つめる。
「だからまやかしだとか、そんなのは関係ありません!」
その様子はまるで、ヒロトに対して望む、アカリちゃんのようだ。彼女達は……強い。
「私は貴方が……貴方を……!」
「オルテリア」
オルテリアさんの叫びは、果たして届いてくれるのか。しかしそれが無駄な希望だというのを、私は知っている。
オルテリアさんのことも、一蹴するのか。……そう思ったが、彼女に向ける笑顔は、今までの邪悪なものではなかった。それは小さくも、柔らかなものに見えた。
「人間界での生活……実に下らなくて反吐が出そうでした。人間のふりをするのは苦痛でしかありませんでしたよ。……ただ、貴女と過ごした時間は……結構、好きでしたよ」
……わらっ……た……?
それはこれまでに見たことのない、嬉しそうな……それでいてどこか悲しげな、そんな笑み。
「さて……そろそろ幕を引きましょうか」
しかしこちらを向いた時には、もうそんな笑みは消えていた。先ほどまでの、不気味なものであった。
ただの悪魔の瞳が、そこにはあった。
「しかし、私もマヌケね……あんたの正体に…………気づ、かなっかたなんて……」
「えぇ、正体がバレないよう苦労しましたから」
もう、無駄な問答は不要だ。そう言わんばかりに手をかざし……その手のひらに、力を集中させていく。それはだんだんと膨大になっていき……
「もう力も残ってない貴女達に、これは防げませんよ」
それを放てば、この一帯を消し飛ばすんじゃないかと思えるほどのエネルギーを感じられた。悔しいけど、それを防ぐ術はここにはない。
私もオルテリアさんも、もう動けないし力も出せない。先生も、実際にはボロボロだろう。そして……今にも息絶えそうなエルシャ。
「あんた、達じゃ……この世界を、しは、いなんて……出来ない……!」
そんな絶望的な状況だというのに、エルシャは苦しみの中に、尚も余裕そうな笑みを浮かべる。
場違いだと思いつつも……その顔はとても気高く、美しく見えた。
「ほぉ……もう命の灯火も消えそうだというのに、随分と自信ありげですね?」
「自信なんて、そんな大層なもん、じゃない……わ。……確信よ。あんた達じゃ、この世界を……いや、誰も、支配なんて、出来ない。人間は、そんなやわなもんじゃない……!」
「……遺言にしては中々洒落が利いてて面白かったですよ。ですが残念……人間なんてやわなものですよ。その人間と、一緒に逝ってください。では、さようなら」
人間を信じる……エルシャから出た言葉は、力強くそこにあった。それは、聞く者に本当にそうなると思わせるほどのもので。
だがキルデは、それを鼻で笑い飛ばす。奴の動きは、もう止まらない。
そして……この一帯を吹き飛ばすほどのエネルギー弾が、躊躇なく放たれた。




