名前
点々としていた違和感が、一つの線として繋がっていく。思い返せば、ヒロトが人間でない証拠は、あちこちに転がっていたのだ。それなのに……
「げほっ……はは、銃って、こんなに痛いん、だ……」
……だけど、他のことに気を取られてもいられない。こうやって話しているうちにも、私の腕の中にいる元神の体は冷たくなっていく。
神力殺しの力を受けてるとはいえ、神様の体だから丈夫なのか……それとも、急所が外れているのか……意識はまだあるようだ。それでも、このままではいずれ力尽きることは明らかだった。
「待ってて、今治して…………くそ、くそぉ!」
神力は効かなくても、天力なら効くはず! この天使の力なら……治せるはずだ!
……そのはず、なのに……私の力はもう、残っていない。さっきから全然、力が湧いてこない。銃で撃たれた、こんな傷さえ治せないほどに……
自分の無力さが,嫌になる。お父さん、アカリちゃんを見殺しにして、……そして…
……目の前で救える命があるのに。私は……また私は……!
「あんた、し、死にそうになってるんじゃないわよ! 私まだ、あんたに言いたいことも……やりたいこともたくさんあるんだから! こ、こんなとこで死ぬなんて、許さないわよ!!」
今にも目を閉じてしまいそうだ……体も、冷たくなっていくのがわかる。このままじゃ、私は何も出来ないままだ。何も……
「起きなさい! 寝るんじゃないわよ! また私に、悪口とか言わせてよ! 色々話をさせてよ!」
また、私は何も……
「お姉ちゃんの話とか……あんたの話とか……私の話とか……」
何も出来ないの……?
「だから、死なないでよ…………エルシャ!!」
恨んでいたはず……憎んでいたはずの、相手。それなのに、今私は、彼女に対して……ただ生きてくれと、そう思っていた。その私の言葉を聞いて、彼女は小さく笑う。
「……あ、はは…………やっと、名前……呼んでくれ、た……」
名前を、呼んでくれたと……ただそれだけで、そんな嬉しそうな顔で、笑ってんじゃないわよ。
「そ、それを言うなら……あんたも私のなま、え……呼んだこと、ないじゃない……」
声が、震える。視界がぼやける。さっきから、涙が止まらないのだ……それに気づけないほど、私は……
「……そう、だったわね…………ファルニーゼを……貴女のお姉さんを、助けられなくて……ごめんな、さい…………リーシャ」
私の頬に手を添えながら……エルシャは言う。私のお姉ちゃんを、奪ったことに対しての謝罪を。今までずっと溜め込んでいたであろう、気持ちを。
……でも……
……ホントは、わかってたんだ。彼女が……エルシャが悪くないことくらい。お姉ちゃんが……大切な親友を、命を懸けて守ったことくらい。
『リーシャ、私ね、神様と友達なんだよ!』
『ホントに!? すごぉい!』
『でしょー? 身分違いってのはわかってるけど……それでも、私の大切な親友。いつか、リーシャにも紹介できたらいいな』
いつだったか、お姉ちゃんとこんな会話をしたのを覚えてる。天使と人間のハーフである私の存在は公にできない。それこそ、神様に紹介なんて出来やしないだろう。
それでもお姉ちゃんは、私の自慢の妹を、私の親友に紹介したいと……そう、言ってくれた。
その時のお姉ちゃんは、とても嬉しそうな声で、笑顔で……その相手が、そんなに大切な親友なんだというのが伝わってきた。私も、会いたくてたまらなかった。
……だけど、お姉ちゃんが死んだと聞かされた時、私は……お姉ちゃんが死んだ現実を受け入れられなかった、受け入れられなかった結果……現実を悪い方に考えてしまった。
エルシャさえいなければ、お姉ちゃんが死ぬことはなかったと……お姉ちゃんを殺したのはエルシャのせいだ、と。
でも、それは私のただの勝手な逆恨みだ。エルシャは、何も悪くない。
お姉ちゃんは大切な親友を、命を懸けて守り抜いた。ただそれだけのこと。それだけ……それなのに、その相手を、私は……!
だから、貴女が私を庇う道理なんて、どこにもないのに……
「なに……泣いてん、のよ。今まできつい視線、ばっか向けてたくせに……」
涙を流す私に心配をかけないためか……からかうような口調。それは、いつも通りの飄々としたもので。
「ごめん……ごめ、なさ……」
対して私は、謝ることしか、できない。なのに、それすらもうまく言葉が出せない。意思とは関係なく、頬を涙が伝っていく。
「……謝るのは、私だよ…………あなたの言う、通り。あな、たの、お姉ちゃんが死んだのは……私の、せいなんだから……」
……やめてよ。そんな、ことを言うのは。
「お姉ちゃん、を奪われて……悲しかった、よね。そんな理不尽、許せない……よね……」
そうだ……お姉ちゃんを失ったという突然の出来事に、宣告に……私の心はズタボロだった。エルシャを憎む気持ちを抱くことによって、心が壊れるのを阻止していたのかもしれない。
……でももう、とっくに、壊れていたのかもしれない。
「本当に…………ご、め……なさ……」
……何で今、そんなことを言うのよ。……そんなの、もう遅いよ……
こんな時に謝罪なんてされても、全然嬉しくなんかない! こんな、時に……
「謝るんなら……もっと、謝ってよ。この先、もっと……私も、謝るから。だから、こんなとこで……死な、ないでよ……!」
「リーシャ」
すがるような私の思いは、しかし届かない。死なないでと……そんな気持ちだけで命を繋ぎ止めることなんて、できやしないのだから。
それはわかっている。わかっているけど、止められない。言わずにはいられない。けれどエルシャは、そんな私の気持ちを吹き飛ばすように……
「……ありがとう。親友の妹に会えて、嬉しかった」
ありがとうと……私にはもったいない言葉を、与えてくれた。




