繋がっていく点
気づくことが、できなかった。ヒロトの神力の、正体に。微かな違和感をかき消して、深く考えようとしなかった。考えれば、考えていれば何か違う道があったかもしれないのに。
「やれやれ、後悔しても遅いですよ。貴女やあの教員なら、もしや気づいてるのではと思いましたが……ね」
「……確かに、おかしいと感じなかったわけではない。カルバジナが発現させた神力……神力を殺す神力、なんて、それじゃまるで"同族殺し"だ」
挑発するようなキルデの言葉に、先生は答える。先生も、違和感を感じていて……それも、私よりもずっと確かな形で。
それでも、何も言わなかったのは……
「おや、やっぱり気づいてたんじゃないですか。不審に思って放置しておいたのですか? 確証がないとはいえ疑ってかかるべきだったのでは?」
「……私なりに、調べてはいたさ。だが教え子が魔族の関係者……どころか、魔王本人だとは、思いもしない。それに、何もないと信じたかった……ただそれだけだ」
信じたかった……ただ、それだけの理由で何も言わなかった。だけどそれは、私が責められるべきものではない。
私だって、おかしいと感じててもアカリちゃんの……ううん。友達を疑うことはしなかった。それと、同じ理由だ。
「はっ。その結果がこれです。生徒は傷つき、目の前で息絶え、あろうことか魔王が復活する事態にまで至った。……異変を感じた時点で殺しておくべきだった。
信じる? 最後まで無駄な希望を持ったばかりに……全く、人間というのは度し難いですよ」
疑わしきは罰せよ……そんな言葉がある。疑いを持ったなら、その場で処理すべきだ……キルデは、そう言っているのだ。……でもたったそれだけで、大事な友達にひどいことを出来るはずもない。
だってそれが、人間なんだから。
「……ふっ、悲しい奴だな。無駄な希望とお前は、切り捨てるが……誰かを信じることができるのが、人間の素晴らしいところだよ」
「……素晴らしい、ね」
「希望を持つことで人は強くなれる。そして人を信じられるところが、人間の強いところだ。お前ら悪魔と違ってな」
人間という生き物は、そういう生き物だ。誰かを信じることができるから、強くもなれるし弱くもなる。それが、人間だ。
「やはり度し難いですね、人間は。希望だの信じるだの……その結果がこれだとまだわからないんですか? ……まさか、貴女もそうなんですか? 元神様」
キルデの冷たい瞳が、私を……いや、私の腕の中へと向けられる。そこにいる彼女は、息を荒くしながらも……その目は、強く。
「っぅ……何の……ことかしら……」
「とぼけないでください。貴女なら違和感に気づいたはずだ……最初にメルガディスと戦った時に既に」
メルガディスと戦った時の、違和感……それを、彼女ならば感じられたと言う。
あの時は確か……私とアカリちゃん、元神……そしてヒロトとで一緒にいた時だ。そこに突然、メルガディスが襲ってきて……それで……
「……あっ……」
あった、違和感。気づいた……その後のドタバタですっかり忘れていたけれど。
それは、小さくも……理解しがたい違和感。
「そういえば、あの時……」
メルガディスは、"無限の兵隊"という不死身の軍団をもって私達を追い詰めた。私の攻撃も、アカリちゃんの攻撃でさえも効果はなく復活してしまう……まさに不死身の人形。
でもあの時……金属バットを武器に人形に対峙したヒロトは、人形を倒していたのだ。驚くは、強力な神力ですら効かない不死身であるはずの人形を、バットで殴るだけで倒していたこと。
初めは、あの武器には特別な力が備わっているのかと考えた。だけど、武器を作り出した本人でさえ、何が起こったかわからない顔をしていたのだ。
「不死身の人形を……倒せていた……?」
疑問には思った。でもその時は切羽詰まっていたし、大して気にもしなかった。おまけに私だけ分断され、考える余裕さえもなくなっていたけど。
「何……?」
「そう……あの時、彼はメルガディスの兵隊を倒せた。本来人間には対処できない力を彼は、伏せて見せた。復活するはずの兵隊を。……それは何故か」
私の疑問文に小さな反応を見せる先生。それを気にせずキルデは続ける。視線は、今度は先生へと向けて。
「その場に駆けつけた貴女は言いましたね……
『確かに攻撃の効かない厄介な人形だが……それは人間相手に関しての話だろう? 天使や悪魔相手には全く意味を成さない傀儡じゃないか』
と。これがどういう意味か、今ならわかるでしょう」
その場にいなかった私には聞くこともできなかった、やり取りの一場面。天使や悪魔には意味を成さないメルガディスの力に対処できた理由がそこにはある。
それって、つまりは……
「あの時点で、彼が人間ではない可能性に気づくべきだった。最も、あの時貴女は彼が人形を倒す場面を見てはいないし、貴女はその台詞を聞いていなかった……タイミングが惜しかったですね」
私のような天使の力、もしくは奴らと同じ悪魔の力。そのどちらかを持っている可能性が、そこにはあったということになる。
先生は人形の特性を知っていた。でもヒロトが人形を倒す場面は見ていなかった。
逆に私はヒロトが人形を倒す場面は見ていたけど、先生の台詞は聞いていなかった。
どちらかが欠けていたせいで、違和感の正体に気づけなかった……って、いうこと? ……いや。
「ですが、貴女は違うでしょう元神様。貴女ならば、実際に現場で彼が人形を倒せた時点で、気付いたといっても何ら不思議はない。もしや貴女とあろうものが、人間に対し希望や信じる等の感情を持ったとでも?」
元とはいえ神様なら、ヒロトが人形を倒せた時点で違和感に……もしかしたら違和感の正体、その近いところにまで気づけていた可能性もある。
でも実際には、何も言わなかった。それは本当に気付いてなかったのか。……それは、ないだろう。彼女ほどの存在なら、何かに勘づいたはず。
「……さあ、ね。……まあ私も、信じたか、ったのかも…………なか、まを……」
まさか知ってて言わなかったのか。そんな予想は、すぐに否定された。
私は、驚いたのだ。あれだけ人間のことを見下していたのに……それなのに、私達のことを、仲間と思っていたことに。そう、口に出したことに。
「……堕ちましたね、神様も。高貴な存在ともあろうものが、人間にほだされましたか」
やれやれ嘆かわしい、とキルデは呟く。その表情は、本気で呆れた様子を見せていた。
「事前に手を打っておけばこうなることを防げたものを……やはり愚かですね」
だけど、愚かと言われようと、下らないと言われようと……それが人間だ。大切なものは信じたい、疑いたくない……そう思うものだ。
その気持ちが、彼女にも生まれたのだ。
「まあそのおかげで、こうして魔王様復活が叶ったわけですが。いや全く、凄まじい力だ」
「じゃあ……あの力は、神力なんかじゃなくて……」
今尚ヒロトから発せられる強大な力。神力が使えるようになったと、アカリちゃんが喜んでいたあの力は、神力じゃなかったということだ。
あれは……
「神力、ねぇ……本来なら、魔王様の力を体内に抑えるはずだった。ですが強大すぎる力を完全には抑えることが出来ず、その力がほんの少し溢れ出ただけ。それを貴女達が勝手に神力と呼んだだけのこと」
抑えきれないほどの悪魔の力……それが、私達が神力と勘違いしていた力の正体。ヒロトの体に眠っていた、力の正体。
「それに以前、彼に神の力が渡ったことがありましたね。……消えるはずだった神の力を体内に保管出来たのも、その異形さあってこそのこと」
それはヒロトが、初めて元神様と出会ったという一幕。命を狙うチンピラに対し、やむなしに神の力をヒロトに引き渡した。
結果チンピラは撃退できたけど、ヒロトの中の神の力は消えた……はずだった。後日、ヒロトの中に残っていた神の力は、元神に返されたのだ。
あの時は、何で力が残ってるのか疑問だったらしいけど。……こういう、ことだったのだ。ヒロトが人間でなかったから、神の力は消えずに残っていた。
……数々の疑問が、繋がっていく。……点が線になっていく。




