9話 霊剣
次兄であるアルトノアの様子は、至ってまっとうな男子だ。
傍から見ていて、自分の兄が破壊願望を持つなんて信じられないぐらい、健やかに育っている。
「うーん……一体、何が原因なんだ?」
自室で午後のティータイムを満喫しながらボクは思案する。
ゲーム内でもアルトノアの幼少期は語られず、ファンからは批判もあったけど、恋仲後の『動乱編』シナリオパートが熱烈すぎて、そんな不満はどこかへ消えてしまったようだ。
ボクが思うに……やはりこの世界の価値観が人を歪める原因なのではないかと結論を下す。魔力の強さが生物の価値を決める、絶対魔法主義。
悪役令嬢のリリアロエにしろ、兄たちは魔法に優れているのに、自分だけが家格に見合わない魔力量、どころかゼロ。そして幼少期は監禁状態。
そのくせ、大貴族としての嗜み、教養、勉学を高レベルで求められ、日々プレッシャーと不安の連続だった事だろう。
これでは普通の子だったら、ねじ曲がってしまうし必要以上に他人に怯え、自衛手段として高圧的な態度で威嚇してしまうだろう。高慢な人物とは裏を返せば、それだけコンプレックスを持っている事が多いのだ。
幸い、ボクは算術が家庭教師に天才だと騒がれている。さすがに25歳のサラリーマンが小学生レベルの算数問題を解いていくのは容易だろう。歴史や地理学、各名門家の成り立ちなどはこの異世界に興味を持っていたのと、幼い脳のおかげかスルスルと暗記できている。踊りや作法のお手前は、いまいちだけど最低限はこなせているはず……。
「とにかく、原因がわからないからと言って何もしないという、選択肢はない」
魔法至上主義……。
魔法なんてモノに頼って、陰気で身体を動かさない分野を極めて楽しようとする考えはよくないな。
男なら運動して汗を流し、青春し、健全な精神を育むのだ。
いや、自分で言ってて暴言も甚だしい……ボク自身、学生時代は運動部に入って結果をもぎとる達成感を味わうより……本とかマンガを読んだり、ゲームしながらダラダラ過ごす方が全然楽しかった派だしな……。
そんな自分でも、入社したら先輩社員のほとんどが消防団員に入ってて、休日にポンプ走法の訓練に駆りだされたりしたもんだ。しかも野球好きが多く、草野球チームにも強引に勧誘され休日はしょっちゅう野球をしていた……というか、やるという選択肢しかなかった。周りの空気的に。
人間変われる事だってあるんだよ!
世界の破滅ルートを回避するのに、残された余地がそれしかないなら、やるしかないだろイケメン共よ。
「男なら剣だな」
剣に焦がれるものだ。
イケメン共を魔法という絶大な武力から目を逸らさせ、剣技の研鑚などに誘導していけば、将来は大人しい奴らになるのでは?
剣を振れ、手を振れ、腰を振れ、男なら棒だろう棒!
というわけで。
「剣が欲しいな……」
魔力のないボクにとっては自衛手段にもなるし。
この世界、ふつうに魔物とかもいる。乙女ゲームの舞台となっている、魔法学院に関する情報を得るために、長兄のルーカスと文通のやり取りをしてわかったことだけど、これがなかなか魔物というのは手ごわい存在らしい。
魔法を使役する魔力がないなら、せめて自分で剣を扱えるようにしておくべきだと思った。最後に生存の鍵を握るのは暴力なのだから。
『剣? 剣にゃら精霊たちを使って作ればいいのにゃ』
「ん、ごびにゃいたのか」
『んにゃー……最近はねむくてにゃ……』
「肝心な時に居ない事がおおいよな、キミって」
『そうでもないニャ?』
「はいはい。で、さっき言ってた精霊で剣を作るってどういうこと?」
『そのままの意味にゃー。人間達が魔剣とよんでる武器って、ほとんど精霊たちの力を借りて生成できたものだしにゃー』
「魔剣?」
『うにゃ? 魔剣っていうのはにゃー』
魔法の力が込められた剣らしい。
生成方法はさまざまだけど、一般的には魔法と相性のいい金属を使って鍛冶師が丹念に鍛え上げ、その過程で魔法士が一定の魔法を注ぎこんでいく、という代物だそうだ。品質が良ければ、剣を振るだけで魔法と同等の効果を発動するものもあるそうだ。
「金属なんて手元にない……剣なんて鍛えられないし……」
『みゃぁ、その辺はがんばるのにゃー』
精霊を使っての剣作りか……。
っと、その前に普通の剣を手に入れた方が良いのではないだろうか?
色々と参考になりそうだし、剣を扱うために剣術の鍛錬も欠かせないだろう。
何事も基礎からというし、父リディロアにでも剣を一本くださいとお願いしてみるか?
「よし、剣を欲しいと頼んでみよう」
『絶ち切る風?』
『両断する風?』
『裂ける風?』
ん?
ボクの呟きを聞いていたのか、窓際でちょろちょろしていた『風精霊』三匹が近付いてきた。
「柔手に馴染む鋭き風?」
『精霊語り』で、柔らかな手でも扱える剣が欲しいと、なんとはなしに伝えてみる。すると風精霊たちははしゃぎ出し、元気いっぱいにくるくると宙を舞い出した。
『流るるー♪』
『永るるー♪』
『名がるるー♪』
三匹はお互いの身体がぶつかりそうになるギリギリで、入れ替わり飛び替わり、空中を泳ぐように素早い動きでヒラヒラと舞い回る。
彼らが通った後には紫の煙のような線がふわりと漂い、それらが風精霊の身体にまとわりついていく。
「何を……」
と、疑問を口に出す頃には、三匹の精霊たちは瞬く間に一本の剣と化し、宙空に浮いているではないか。長さにして50cmほどの小剣だ。
ぼんやりと霞んだ紫色の剣は、風で生成されているようで端々が流動的で形がはっきりと定まっていない。
「もしかして、魔剣? みたいのできちゃった?」
そっと柄の部分を掴むと、確かに硬質な感触が手のひらに広がる。透明度の高い剣は、まるで雲を掴んでいるかのような見た目とは裏腹に、金属のようなしっかりとした重量も感じる。とは言え、そんなのは微々たるもので本一冊分よりも軽い。
「ゴビニャ? いる? これって魔剣なの?」
しかし、ゴビニャからは返事がない。
あいつめ、やっぱり肝心な時に居ない事が多くなったじゃないか……。
まあいっか。
とりあえず剣を軽く降ってみるとしよう。
この重さなら子供のボクでも軽々と振り回せるだろうし。
剣術修行の始まりだ!
「せいっ!」
ブンブン、と一振り二振り――――
「は?」
気分よく動かしていた腕をすぐに止める。
なぜなら剣先のさらなる向こう、窓についていたカーテンがすっぱりと切り裂かれてしまったからだ……。
剣ばかりに注目していたので気付くのが数瞬遅れてしまった。
「なんだこれ……えぇ……」
よくよく見ると窓際付近の壁にまで剣で切りつけたような痕跡が伸びている。
これはもしやけっこう危険な武器ではないかと思いながら、剣をまじまじと見つめていると不意に形が崩れて霧散してしまった。
「あぁ、まだ『天地の眼』で詳しく見れてない……」
剣が消えうせた後に残ったのは三匹の風精霊たちで、彼らは少し疲れたような表情でニコッと笑った。
「ありがとうね、風精霊さんたち」
精霊たちにお礼を言って、ボクは室内を見渡す。
「これは検証していかないと……あぁ、カーテンと壁の傷、どうしよう……」
無残にも床に散らばったカーテンの切れ端と、ヒビ割れのような壁の亀裂を眺め、小さな溜息をついた。
久しぶりの投稿です。
お待たせしました。
イラストは、ぽよ茶さまより。
ありがとうございます!