14話 天才鍛冶師の少年
「枯れ芽の宿り木」
三匹の土精霊は俺の『精霊語り』に呼応して、風精霊の時と同じように一体化してゆく。
すると小さな花の芽をつけたナイフが俺の手に収まる。柄は古い木製、刃にはツタが絡み、まさに植物から生えた刃物だと言える。
さっそく『天地の眼』で観察すれば、
・『朽ち咲きの霊剣』
・刃から緑の地属性魔力を吸収する
・『剣姫』の呼びかけに応じ、土精霊が融合して生まれた土の剣。
と、脳裏に情報が浮かぶ。
試しにその辺の土に突き立ててみると、みるみる間にナイフに装飾された芽が花開いてゆく。その代わり、土は茶色から黒ずむように変色していき、灰色近くなっていったところで地面から抜いておく。
「要望通り、緑の地属性魔力を吸収するナイフは作れた……問題は……」
40秒も経たないうちに土精霊へと戻ってしまうことだ。
ううーん。ナイフが霧散する前に、急いでミンフィーの眠る寝室に行くにも……最短ルートで誰にも見つからずに辿り着くのに8分ぐらいはかかる。
この屋敷はすごく広いのだ。
かと言って、ボクが父リディロアに頼んでミンフィー自身を移動させるにしても、どうしてそんな事をするのかと理由を問われるはず。ナイフで切りつければ病気が治るかもしれない、なんて誰が信じるだろうか。
というかクリストファは絶対に許容してくれない気がする……。
「となるとミンフィーの部屋でナイフを作るにしても……そもそもあそこには土精霊がいなかったし……」
最近気付いたのだが、精霊たちは条件がそろわないと存在できないようなのだ。風精霊だったら風が通れる場所に。土精霊だったら、土がある場所にと限定される。
「精霊たちの力を宿し、さらに霧散しない武器を作るには……」
本物の武器に精霊たちの力を混ぜ込む? もしくは流しこんでもらう?
でもそれには現状、色々と無理がありすぎるし……。知識もなければ武器を作る道具もない。おそらく何度も試行錯誤しないといけなくなる。
自分の屋敷内をうろつく自由も得られないボクには、何かを工面してもらえるなんて到底ありえない。
八方ふさがりな状態に悩んでいると、不意にすぐ背後から聞き慣れた声がかけられる。
「リリアお嬢様」
しまった!
思考に集中するあまり風精霊に周囲の索敵を頼むのを忘れてしまっていた。
「旦那様より、お嬢様が時々私の目を盗んでは部屋から外出なさっているとお聞きしました」
「ユナ……」
お付きのメイド、ユナは悲しそうに目を伏せて俺の背後に立っていた。
なぜ自分に話してくれなかったのか、そう攻めるように彼女の目は揺らいでいた。
◇
「ユナに秘密にしていてごめんなさい」
「私のようなメイドに、お嬢様が謝る必要はございません」
「……」
しかし彼女がボクを心配してくれていたのは明らかだった。
「それよりも旦那さまに、週に2、3度の外出許可申請をお出しになってはどうですか?」
仮にユナが父から『娘の管理を怠った』と攻められるのを恐れていたら、このように外出の許可申請を父に正式に認めさせよう、などといった発言は出てこないはず。
「もちろん、外出の際はお供させていただきますが」
いい子すぎるなぁと内心で思いながら、ボクはユナの提案にのった。
こうしてボクは正式に週3度の外出許可を取り付けることができた。予想外にこの願いはすんなりと通され、これを知った次兄のアルトノアも『よっし! これでリリアと思う存分、虫を探しに行ける!』と息巻いていた。
ちなみに今は虫探しなどしている場合ではないので、やんわりと断っておいた。不満げにふくれっ面になるものの、『虫マスターリリアがそう言うなら、仕方ない』とずいぶん聞きわけのいい子になっていた。
父リディロアにはしっかりと謝り、今後はこんな事はしないようにと約束させられた。
リディロアからすれば、大事な娘に自分の目の届かない場所でこっそりと行動されるよりも、しっかりと管理下においてお目付け役をつけた方が安心できるのだろう。
「ふふふ……リディロアは娘に甘いな」
そして今、俺は屋敷内の工房を見学させてもらっている。
というのも外出許可を取り付けるついでに、剣や防具の生成に興味があるから実際に作る現場を覗いてみたい、とお願いしたのだ。
娘が淑女の風上にもおけないお願いをしてきたので、リディロアは驚いていた。けれど『貴族令嬢としてやることはやっているので好きなことをさせてあげよう』とボクの家庭教師陣たちによる援護射撃をしてもらい、甘々な扱いを受けたのだ。
「ここが工房……あつい、わね」
うちは侯爵家というわけで、自前の騎士団を所持している。魔法士団よりかは重要視されない立場であるものの、彼らも立派な防衛力の一翼を担っている。
そんな彼らの武器防具を作ったり、修繕する工房が敷地内にあるのだ。もちろん、ここで全ての武具を管理してるわけではないけれど、その辺の街工房にいる職人たちよりかは腕のいい人材を雇っている。
「リリアお嬢様、火花が飛んでは大変ですので。あまりお近づきになりませんようにお願いしますね」
辺りは鉄を打つ音で騒がしいけれど、不思議と落ち着いている。
「ええ、わかっているわ」
と言ったものの、筋骨隆々な男たちが額から玉の雫を流れ落とし、一心不乱に鉄を打つ姿を惹かれるものがあった。こう、なんというか、火と語らい、鉄と切磋琢磨に向き合っている様は、男としてなんとも神聖な雰囲気を感じてしまう。
最初こそ、この場に似つかわしくないボクの登場に鍛冶場の男たちは一瞬のどよめきを見せたものの、今では軽く頭を下げるぐらいで作業に没頭している。また、何人かの少年達も見習いとして働いているのか、せっせこ工房内を駆け回って何かを運ぶ姿は微笑ましい。
ひたむきに仕事と向き合う姿勢にすこし感動してしまい、みんなの邪魔をしないようにと意識を引き締める。仮にもボクは社会人経験のある身なんだ。
鍛冶長とやらも礼節をもって挨拶してくれ、『ご自由に見学してください』と言っては一歩後ろで俺を見守っている。ボクのような小娘に鍛冶の何がわかる、貴族の道楽には困ったもんだって対応を少しは取られるのかと覚悟していたけれど、そんな様子は微塵も見受けられない。
これは単にボクに対する敬意の表れではなく、父リディロアの娘に対する敬意、つまりリディロアは良き主なのだというのがわかった。
さてさて、自分の父の偉大さを感じられたところで、ボクはボクのやるべき事をしなくてはいけない。
特に注視すべきは武器の作り方だ。
鍛冶師たちは棒状の鉄をふいごや木炭で熱し、叩いて剣の形へと徐々に整えてゆく。時折何かの金属塊を熱して液状化させ、刃の部分に流したりしているが用途は不明だ。
自分の中でいくつかの疑問点を脳裏にまとめ、背後にいる鍛冶長へと質問を浴びせようとする。
「おいおい。誰だよ、この女」
しかしそれは、8歳前後の少年によって遮られてしまう。
どうやら徒弟見習いの一人なのだろう。無造作に切られた茶髪は彼のわんぱくそうな雰囲気に似合っている。幼いながらも精悍な双眸と顎のラインは、将来武骨系イケメンになるだろうと彷彿させる顔立ちだ。
そんな少年がしゃしゃり出てきたものだから、鍛冶長の表情が厳しいものへと変わり、今にもその少年に叱責を浴びせようといきり立ったのがわかった。それもそのはずで、侯爵家の娘の前に徒弟見習いの平民が出てくるなど無礼な振舞いに値するからだ。
「――――ッ!」
しかし俺は右手で鍛冶長を制してニコリと微笑む。この少年が何を喋るのか気になったからだ。
ボクの意を汲んでくれたのか、暴発寸前の鍛冶長は口をつぐんだ。
そして件の少年はそんなボクらの様子には気付けず、眼前へと不遜な態度で腕組をしてボクへと喋り続けた。
「なんで俺達の聖域、男の鍛冶場にヒラッヒラのだっせぇ服を着た女なんかがいるんだ?」
剣から火花を散らせ、鉄の熱気を打ち鳴らす場で、少年は自信満々に言い放った。
「最高の剣を打てる天才鍛冶師であるこの俺、ヴェント様の工房に、女が入ってくんなよ」
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