13話 枯れ木とお嬢様
前半は少年クリストファ視点。
後半から主人公視点です。
思わぬチャンスが舞いこんできた。
焦るな僕、ここが肝心なんだ。
そう何度も心の内で反芻し、昂ぶる感情を抑え込む。
「リリアロエお嬢様、こちらが私達の住まいとなっております」
ボクは世間知らずなお嬢様を自分達が住む一室へと案内した。
「ミンフィー、ちょっとお客様が入るからね」
病に伏せっている妹に呼びかける。ぼんやりとした眼差しでミンフィーは上半身を起きあがらせ、自分にできる精一杯の礼を尽くす。
「おに、いちゃん……おきゃくさま? はじめまして、わたしはミンフィーです。ねたきりの、しせいで、ごめんなさい」
ミンフィーは5歳にしては賢い方だ。
僕が他人をこの部屋に入れるのは、旦那さまが呼んでくださっている医者以外にいない。そんな僕がお客様を招いたのだから、多少の驚きはあれど礼儀正しく対応できたと思う。
「あら? クリストファには、こんなに可愛らしい妹さんがいらしたのね」
「はい、リリアロエお嬢様」
僕の受け答えで、部屋に招き入れた客人が誰かを悟った妹のミンフィー。まるで夢物語に出てくるお姫さまを見上げるように、情景と畏敬の困った表情になったのがわかる。
「と、とっても可愛らしいわね……将来はとてつもない美女になるわよ、この子……」
「妹のミンフィーは、特殊な病にかかっておりまして……このままでの挨拶をお許しください」
お嬢様の目付きが怪しい色を帯び、ちょっと興奮しているのが気にはなったけど、僕は淡々と狙い通りの流れにもっていくべく事情を説明する。
「まぁ……こんな幼い子が…………私はリリアロエ。はじめましてミンフィーちゃんと呼んでもいいかしら?」
「は、はじめまして。はい、リリアロエおじょうさま」
使用人の妹に対して主の娘がベッドまで近付き、目線を合わせるように膝を突く。そんな光景を見れる日がくるとは夢にも思わなかった。
やっぱり僕の見立ては間違っていないと確信する。
計算通り、同情しているな。
このお嬢様はどこか貴族らしくない、なんというか気さくで変わった人物だ。閉ざされた環境で育った影響なのか、平民の使用人やメイド、自分より圧倒的に立場の低い者に対しても丁寧な対応を心掛けている。
そんな彼女ならば、同情して旦那さまに何かしらの陳情をすると期待した。
そう、例えばお嬢さまの膨大な魔力を制御しているという手袋とか。あれと似たようなモノを工面してもらえれば、妹の病状も緩和するはず。
なぜボクがお嬢様の散歩なんて面倒を律義に見ていたかといえば、それは彼女が持つ魔力を抑える手袋が狙いだったからだ。
しかしアレは大変高価なものだと聞いた。ならばコツコツと旦那様の覚えを良くし、いつかはアレをもらえるように今はただひたすらに耐え、尽力するのみ。そんな苦行に近道コースが浮上した。愛娘であるお嬢さまのお願いならば、旦那さまも首を縦に振るかもしれない。
「妹は緑の地属性魔力がありあまりすぎていて……」
「あら、うらやましい限りね」
魔力暴走のため身体が植物化しつつあります、そう続けようとして僕の口は止まる。
「……うら、やましい、ですか?」
お嬢様の発した言葉の意味が理解できない。
「え? ええ、魔力が大きければ多いほど、優秀な魔法使いになれるのでしょう?」
こいつは……何を言っている?
それは本気で言ってるのか?
魔力暴走を防ぐために魔力ゼロになる手袋を着けさせられ、自由に出歩くことすらできないお前が?
妹と同じく膨大な魔力を持ってるお前がそれを言えるのか?
このミンフィーの姿を見て、『うらやましい』だと?
まさか……。
まさか、自分より不自由な子がいたから……見下し、嫌味でそんなことを口走っているのか?
「お嬢様は……」
怒りで身体が震える。
今まで積りにつもってきた貴族への憎悪が、俺達をこんな風にしておきながら、それだけでは飽き足らず平然と他人を虐げる貴族への恨みが、ボクの身体を破ってはち切れそうになる。
本能が命ずるがままに、ここでお嬢さまを滅茶苦茶に殴り倒してやりたい。
今なら、この場に彼女を助ける人間はいない。
「ミンフィーの、この身体を見ても……そんな言葉が吐けるの、ですか?」
静かに、ゆっくりとミンフィーの身体にかけられた掛け布団をめくる。すると木々に汚染された下半身があらわとなる。
「このように緑の地属性魔力が高過ぎると……魔力暴走を起こし、身体が植物化してゆきます」
「えっ?」
ギョッとした目でミンフィーの下半身を見つめるお嬢様。
「うらやましいと?」
魔力暴走が起きれば、身体が魔力に蝕まれることを知らないといったお嬢様の表情に全てが合点した。だけど、一度彼女に向けられた憎悪は止められない。
お前は自分の恵まれている環境を自覚できていない。
同じ高魔力の持ち主でも、お前と、ミンフィーではこうも違うのだ。それはなぜだ? おまえがバカでいられる理由はなんだ?
環境がいいからだ。守られているからだ。
所詮は高慢な貴族の娘。
旦那さまからもらった手袋のおかげで、魔力暴走が起きるとどうなるか知らない。だから、あんな馬鹿げた感想を呟けたのだ。
「出て行け……」
アホみたいに口を開け、頭のゆるそうなお嬢様の顔をこのまま見続けていたら自分が何をしでかすかわからない。
「ここから、出て行けよ!」
何かやらかす前に、そう言葉を引き絞るのが精一杯だった。
◇
魔力暴走が幼い子供の身体をあんなにも変化させるなんて……思いもよらなかった。
あれじゃあクリストファが激昂するのも頷けるし、知らなかったとはいえ心ない失言をしてしまった。彼のあんな怒り心頭な表情を初めて見たボクは、不安そうにこちらを見つめるミンフィーちゃんを置いて早々に退室した。
「ミンフィーちゃん……すっごく可愛らしかったな……」
翠玉色の長く緩やかな髪は、水晶のように透けて室内といえ薄く輝いているように見えた。つぶらな瞳もクリストファ少年と同じ色で深緑。兄と違う点といったら、妹のミンフィーちゃんは驚くほどに可憐な美幼女だった。クリストファが地味顔なのに、ミンフィーちゃんが物凄い。
ぶっちゃけるとかなり癒された。
あの子こそ深窓の令嬢、病弱で儚さの中にも愛らしさがある。
もしボクが父親だったら何が何でも守りたい、保護欲をそそられる娘なのだ。クリストファがあれほど怒ったのも、ミンフィーちゃんを大事にしている気持ちがあったためだと痛いほどに理解できた。
「なんとか、できないかな……」
過剰過ぎる緑の地属性魔力をどうにか体内から流し出せれば、何とかなるのか?
思考の渦を膨らませながら、気付けばボクは帰るべき場所『小さな薔薇の館』の花々が植わっている中庭へと到着していた。
「緑の地属性魔法ね…………ん? 待てよ」
帰宅の習慣、なんて無自覚にも足を運んだ先でいい案が浮かぶ。
『天地の眼』を発動させれば――――やっぱりいた。
それは植物たちの世話をしている、ずんぐりむっくりのおじいさん小人達の姿。緑のずきんを目深にかぶっている彼らは『土精霊』だ。
「いずこも貴方たちと共に、踏みしめ、培い、生を育むよ」
こんにちは、お隣さん、などの親しみの意を込めて『精霊語り』を発動すれば、何人かの『土精霊』たちが返事をしてくれる。
「豊穣の土」
「花と葉と土」
「水に飢える土」
なるほど……。
三人の『土精霊』が指差す箇所、白い蕾のなっている植物への水が足りてないようだ。
ボクは任せてと返事をし、すぐさま近くの水くみ井戸から適量の水をジョウロで運び、『土精霊』たちが示した植物にかけてあげる。
すると『土精霊』たちは『えっほえっほ』と陽気に歌い出し、ボクの周りをグルグルと回り始めた。これにはボクもしばらく一緒になって、ホップステップダンスでクルリと軽く踊ってしまう。
可愛らしいその姿にほっこりしつつも、俺はさらに『精霊語り』で剣をイメージしながら語り続ける。
「枯れ芽の宿り木?」
緑の地属性魔力を枯らし、流せる木を作れるかと尋ねてみれば。
「萌ゆる若草?」
「吸い取る土?」
「枯れ木?」
ふふふ。
どうやら上手くいきそうだ。
感想、ありがとうございます。