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11話 地味顔少年の狙いと父君の憂鬱

小姓クリストファ少年と、主人公の父リディロア視点です。


更新がとても遅くなってしまい、申し訳ありません。

エタってないです!


 この屋敷とも城とも言えるフローレン家が誇る立派な建築物は、まるで堅固な牢獄だ。

 ぐるりと屋敷を囲む灰色の城壁は、外敵から身を守るための物なのか。それとも中の人間を逃さないための物なのか。果たしてどちらが本当の目的なのか? と問われても判別つかない。それ程までに高く、重厚な造りとなっている。


 息苦しい。

 きっと、幽閉された哀れなあの少女もこの窮屈な牢獄に対し、同じ感想を抱いているのだろう。


 気味がいい。

 貴族の娘として生まれた事を呪うがいいさ。貴族なんてのは、他人の不幸を糧にして生きる集団なのだから。




 ここでの生活に不満はない。

 一日ニ食と十分なご飯、清潔感のある部屋が用意されるのは、路地裏で残飯を漁っていたあの頃とは比べようもない。

 身体の不自由な妹への待遇も、下賤な血をひくボク達からしたら考えられないぐらいに良いものなんだろう。


「旦那様。では、ご報告いたします」


「リリアロエの様子はどうだ?」


 きっとそれは目の前にいる主人が高潔であり、下々の者にも理解あるお方だからだ。と、この屋敷にいる人々はそうボクに仄めかしてくる。

 ここで生活する人々は、誰もがフローレン侯爵家に仕えるのを誇りに思い、嬉々として献身の限りを尽くしている。



 そんな毎日の様子をボク、クリストファ・ローウェンは反吐が出る思いで見ている。


 この城塞のような屋敷を取り仕切るフローレン家に仕える身として、こんな内心は絶対に吐露できるはずもない。なのでボクの胸に燻る憎悪の塊が人目にさらけ出ることはない。


 貴族なんて、他人の命をどう利用して自身の利益に結びつける事しか考えていないクズ連中だ。そんな奴らに……身を粉にしても何の得があるっていうんだ。所詮は権力を笠にして使い捨てられるだけ……母さんのように。



 元々、僕の母さんはフローレン侯爵家の傘下にいる、デューイ伯爵家のメイドとして働いていた。そして、伯爵様よりお手つきをいただき僕が生まれた。

 よくある話だ。

 デューイ伯爵の正妻はグランブル侯爵家のご令嬢で、その立場も権力もデューイ伯爵家よりも上位にあたる。その関係性から(めかけ)を作る事が憚られていた。だからボク達……メイドと子供一人を匿うといった方針で決まり、離れの屋敷へと移送され存在を隠されてた。そして母さんが二人目を生み、僕に妹ができたタイミングでデューイ伯爵の正妻に落とし子がいる、と露見してしまう。


 おそらく母さんの好待遇を密かに妬んでいた、同じメイド仲間のうちの一人が告げ口でもしたのだろう。


 デューイ伯爵は正妻からのやっかみ、グランブル侯爵家からの圧力を疎み、母さんもろとも僕らをすぐに捨てた。正妻の手前、すがる母さんに激しい暴行まで加えて。

 母さんの美しい顔を拳で潰し、あの薄情な伯爵はボクらを屋敷から追い出した。



 それからは貧しい生活を余儀なくされた。出産直後だった母は、弱り切った身体に鞭打って下町で働き詰めの毎日。当時、3歳だったボクは訳もわからず貧民街の納屋の一画で怯えながらうずまり、母の帰りを待つだけしかできなかった。なぜなら、食糧を持っていれば殴られ、奪われるのが当たり前な世界だったから。

 理不尽な暴力と恐怖が渦巻いていると知って、誰が外に出たいと思ったか。

 あの貧民街での生活で、人間とは食べ物がなければ、あれほど残忍な化け物に成り下がると身を以って知った。


 そしてお金がなければ、何もできないとも悟った。


 妹のミンフィーは奇病を患っていて、十分な金銭もない者が良い医者に診てもらえるはずもなく、衰弱してゆくばかりだった。そんな苦しい生活が続いたある日、デューイ伯爵経由でボク達の存在を知ったと言うフローレン侯爵と出会った。母が死に絶えた1年後だ。


 重病に犯された妹を抱きながら、盗みを働くボクはデューイ伯爵へ向ける憎悪だけを糧に生きていた。

 そんなボクを助け出し、雇いたいと申し出てくれたフローレン侯爵に対し、まず最初に放った言葉は『母が死んだのはデューイ伯爵のせいだ。あいつを罰してくれ』だった。



「そうか。しかし都合が良い。私が欲しているのは、君と君の妹だけなのだから」


 と、冷えた声音でフローレン侯爵が答えたのは今も忘れない。

 その瞬間から、このお方もあいつと同じ貴族なんだと実感させられた。


 ボクの直感は当たり、フローレン侯爵が求めるのはデューイ伯爵の血を引く、魔力を持つ人間だった。さらに伯爵の落とし子を手元に置けば、今後デューイ伯爵と何かあった時にボク達の存在を交渉のカードとして利用するとも言っていた。


「君の妹君を療養するお金も出すし環境も提供する。その代わり、君は当家の手となり足となりその身を当家に捧げよ。もちろん、妹君が回復した暁には、当家を盛り立てるために兄妹共に働いて欲しい」


 純然たる救いではなく、交渉だった。


「それとデューイ伯爵を罰するという申し出だが、それほど憎い相手であるならば……なぜ他人である私に任せる? 自らの手で、目的を達するだけの力を得るのが貴族たるものだ。もちろん自らと、自らの大切な者達に被害が及ばない方法で」



 貴族へと復讐を願うボクにフローレン侯爵様は、自分にもその薄汚れた血が流れている事を自覚させる言葉を残した。

 最低な環境から救ってくれたのは感謝しているし、小姓としてフローレン侯爵様の考えに触れ、貴族の風習が学べるのは僥倖だ。

 けれどボクの根本は変わらない。

 貴族が憎い。

 そんな内心をお首も出さずに、僕はフローレン侯爵様に定例報告をする。



「お嬢様は週に2度、周囲の者に内密で屋敷を散策されております」


「そうか……お付きは、クリストファ。お前一人なのか?」


「はい」



 ボクの答えに、フローレン家の当主であるリディロア様は、その美しい顔をわずかにしかめる。

 きっと我が子を心配しての苦悩なのだろう。魔力なしの娘を閉じ込めるも、多少の放逐を黙認したい。けれども、お付きがボク一人というのは万が一の時に不安が残る、と言ったところかな。

 この方は確かにお優しいが、貴族だ。

 

 娘に愛はあれど、娘に利用価値があるからこそ、ああして手元に置いているはず。

 貴族の息女は政略結婚に欠かせない存在と聞いている。



「クリストファ……しばらくは娘を君に任せよう。しかし、この事はリリアロエのお付きメイドであるユナにも報告はしておく」


「かしこまりました」



 あの哀れなお嬢様に、秘密の散策に関して『他人(・・)には、一切口外しない』と約束したけど、彼女の肉親、親族に報告しないと言った覚えはない。彼女の父親である旦那様は、彼女にとって(・・・・・・)他人(・・)ではないからだ。

 約束は(たが)えていない。



「それと……先日、君が言っていた娘が窓から舞い降りた、という現象について詳しく聞き出しておくように」


「かしこまりました」


 お忙しい身である旦那さまを配慮して、挨拶も早々に執務室から退出する。

 さて、愚鈍な幽閉少女のお世話でもしにいきますか。


 これがけっこう億劫で、城中の人間の目を盗んでの移動をくり返す散策なのだ。不思議なのが、屋敷内の構造を網羅しているボクがいるといっても、今まで誰にも見つからない点だ。


 なぜか、お嬢様の指示する先々では人がいないのだ。


 それについても何かタネがあるのかもしれない。

 あの哀れなお嬢様の面倒をみるついでに、尋ねてみよう。


 



「はぁ……」


 書斎でクリストファからの報告は受け、私は深い溜息を吐く。

 フローレン侯爵家の現当主としてこのような情けない姿は誰にも見せられないな、と自嘲しながらも先程の話を反芻しながら思考を巡らす。



「見込みのありそうな少年だったから引き取ったのだが……うまくはゆかないなものだな……」



 愛娘について大人びた澄まし顔で報告をしていた少年を思う。クリストファ本人は悟られぬよう隠しているつもりなのだろうが……瞳の奥から垣間見える憎悪の色が、貴族や私を恨んでいるのは明白だ。

 魔力素養の高い貴族の血を引く彼が、将来は我が家を支える一員になれば良いと思ったのは確かだ。だからこそ境遇に同情はすれど、一方的な施しを与えるつもりはなかった。


 いずれは彼が当家の庇護から離れ、自立したいと願うかもしれない。その時に役立つ経験だと考えたからだ。

 それに出会った時は疑心暗鬼に溺れ、少年は世界中の誰もを敵だと見定め、怯えるように私を見上げていた。そんな彼に優しく手を差し伸べても、信用はされない。そう判断した私はそれっぽい事を理由に貴族らしい交渉で彼を誘った。

 妹を背負って生き抜くためにも敢えて厳しい現実を見せつけるように、雇い入れたのだが……やり過ぎたのかのかもしれないな。


 貴族やフローレン家に少なからずの恨みを抱く少年を、なるべくは愛娘の傍には置きたくない。しかし余程の事がない限り、彼が我が家に害を及ぼすのはありえないだろう。


 なぜなら私の裁量が、クリストファに残された唯一の肉親である妹の生殺与奪を握っているからだ。



 彼の妹であるミンフィーは生まれつき緑の地属性魔力が高すぎるあまり、魔力暴走が身体を蝕んでいる。その呪縛にも似た病は、抑えきれない地属性魔力が足から徐々に浸透し、植物化してゆく。


 儚く、いつも弱々しい笑みを浮かべる少女を本心から不憫に思う。私の依頼で医者が毎月診療に来て、症状の悪化は抑えているが根本は解決されない。既に下半身は樹木そのものと化しており、寝たきりの生活を余儀なくされている。あのザラザラとした木皮のような両足と、枝や葉などが生えているのを見せられると治る気配は皆無だ。それどころか年々、魔力が増大しているのか少しずつ上半身にその緑を茂らせつつある。


 まるで伝説上で語られた花精霊(ドライアド)そのものが宿っているようだ。それ程までに彼女が持つ地属性魔力が高いのだろうが、有用活用できないのは残念でならない。



「彼女の膨大すぎる魔力が少しでも、私の愛娘に宿っていれば……双方にとって幸せであったろうに……」


 嘆いても仕方がない。そうは思っても、愛する娘の事となればどうにも納得がゆかないのだ。


「幼き娘であるのに、リリアロエは利発的で我慢強い」


 あの年頃の子供はとにかく好奇心旺盛で、元気に駆け回りたがる。三児の親だからこそわかる経験則だが、リリアロエはあの監禁状態でありながらよくぞあのような分別のある子供に育ったと感心している。


 それにリリアロエに学問を教える家庭教師陣の反応もすこぶる良い。教師たちの愛娘に対する評価は控えめに言って天才。計算法などは、10歳から通う予定の王立学園の中学年が習う範疇を易々とマスターしているらしい。

 教師陣の中にはあんな屋敷に閉じ込めて才能を閉ざすより、より多くの知見を広めるために外の世界を積極的に見せて欲しいと……このフローレン家当主である私の意向に反する嘆願まで、保身を顧みずに直訴してくる始末。


 

 そんなリリアロエが人目を忍んで屋敷内を散策している、か……。


 愛する娘に不自由な生活を強いているのは、嫌でも自覚している。その負い目もあって多少の不安には目をつむろう、そう思うのだが私の理性が納得はしてくれない。

 

 もしリリアロエに何かあったらどうする?

 魔力を持っていないと露見したら、リリアロエの将来は暗いものとなってしまうだろう。


『フローレン家の令嬢でありながら魔力なし』そう貴族社会で後ろ指を刺されながら、愛する娘が生きていくのは耐えられない。せめて魔力開花の秘法が見つかるまでは、屋敷に閉じ込めておく他ない。


 しかし、極秘裏に信頼できる筆頭執事セバスを中心に、各所で情報を集めているが成果は芳しくない。



 クリストファの言が誠であれば……自力で魔力を発現させた?

 たった七歳の少女が?

 自分の娘がそこまで天才だと、都合の良過ぎる報告に疑念はわき上がるばかり。しかし、かすかに期待している自分もいる。


 近々、自分の方からもリリアロエに確認すべきだな。



「どちらにせよ、このまま閉じ込めるにもそろそろ限界が近づいてきている……か」



 一つは縁談の話だ。

 

 魔力なしが露見する前に手堅い相手を見繕ってやりたい。

 あんなに愛苦しい娘を嫁に出す準備など、断腸の思いで進めているが……リリアロエには幸せになって欲しい……。

 

 現段階の最力候補はフォートレス伯爵家の三男だ。年齢はリリアロエより二つ下だが申し分ない。

 格下の家柄ではあるが、信頼と実力を兼ね備えた確かな血筋である。長男や次男が相手では、社交界での活動もその妻として果たすべき義務が増える。魔力なしのリリアロエでは厳しいだろう。その分、三男であれば我が領地の要職(ポスト)を準備し、リリアロエの平穏無事な生活は約束されよう。

 

 何かあれば、我が家が手を加えても表沙汰になり辛い立場だろうしな。


 あちらとしては侯爵家と縁を結べるのだから小躍りしているはず。

 万が一にもリリアロエの魔力なしが治らず、露呈したとしても強くは言えないだろうし、リリアロエの幸せのためならば脅しも容赦しない。



 そしてもう一つは、『神託の洗礼』が迫ってきている。


 三年に一度、王族の子息が主催し貴族の子供たちが集められる神託の洗礼。

 すっかり形骸化した儀式で、存在するかもさだかではない『精霊様』とやらに感謝と祝福を願うものだ。忠誠を誓う王家に未来の家臣たちが顔を合わせる、実際はその名目となっているだけであろうな。


 今年はリリアロエと歳の近い第二位王子、イマリス殿下がお見えになるそうなのだが……リリアロエも当然、王族への顔合わせとして参列しないわけにはいかない。


 当家を良く思わない一部の口さがない者どもの『フローレン家の箱入り姫はひどく醜悪な見目をしている』『魔力暴走の危険があるなどとうそぶいて、その酷い面を隠すだけの方便だ』『貴族の面汚しですな』などの噂は、戯言を書き連ねた紙きれのように吹き飛ぶだろう。



 正直、絶世の美少女である我が娘があの場に参加したら、騒ぎになりかねないだろう。

 娘の不名誉な噂を払拭できるのは嬉しいのだが、へたな注目を浴びて魔力なしの事実が露見するのは避けたい。


「はぁ……」


 複雑な未来を想像し、溜息と共に私は皮張りのソファーに背を沈めた。




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