10話 霊剣の生成式
「同じ風精霊に頼んでも、しばらくは剣化できないと……」
魔剣? なるものをもう一度つくろうと、さっき魔剣もどきになった精霊たちにお願いしても、再びの剣化は無理だったのだ。
『止み風』
『吹かぬ風』
『行かぬ風』
と、三匹とも力なくうなだれてしまったのだ。
だけど、窓から新しく入って来た風精霊ニ匹に頼むと、すぐに剣化できた。その後、最初の三匹に再度お願いしてみると、十分後ぐらいに魔剣もどきになってくれた。
この結果から、一度『剣化』すると再び『剣化』するまである程度の時間が必要になるわけだ。
「うーん、やっぱり剣はすぐ消えちゃうのか」
そしてもう一点わかった事は、精霊たちによって生成された剣はすぐに消失してしまうという事。正確に言うと、剣になるために合体していた精霊たちが分散し、剣という形状から元の精霊という姿に戻るという現象だ。
精霊たちの姿を視認できない者からしたら、唐突に何もない宙空から剣が出現し、しばらく経つと剣が霧散してしまうように見えるだろう。
「風精霊さんが三匹の時は、だいたい30秒ぐらい? ニ匹の時は20秒ぐらいか。ニ匹の時の方が刀身の長さも短かったな……」
精霊たちの数が多ければ多い程、持続時間は長く刀身も長くなるわけだ。剣が発揮する効力の増減に関しては部屋が滅茶苦茶になりそうなので、この場では振るっていない。
「剣の形状持続時間があるけど、この武器はけっこう便利だ」
ついでに、『天地の眼』を目一杯発動して、魔剣もどきを眺めたところ、このような情報が脳内に伝達された。
・『風切りの霊剣』
・切れ味は良い。
・振ると風の刃が飛ぶ。
・『剣姫』の呼びかけに応じ、風精霊が融合して生まれた風の剣。
この内容から察するに、そもそもこれは魔剣の類ではないかもしれない。
ゴビニャも精霊の力を借りるとは言っていたけど、同時に鉄も織り交ぜて作るのが魔剣と言っていたわけだし。
今回、ボクが創り出したのは名称的に、きっと『霊剣』という分類に入るのかもしれない。
「弱点っぽいところは時間制限とクールタイム、そして……精霊がいないと話にならない、か」
大前提として風がそよいでなければ、風精霊たちも傍にいないわけで。
いつでも創り出せる代物ではないようだ。
うーん……やっぱりもっと精霊について詳しく学ぶ必要があるなぁ……。
書物にも具体的な内容は何一つ残されてないし……どうすればいいかな……。
「あ、そうだ。祝福があったじゃないか」
ごびにゃ曰く、ボクは前世の社畜時代のおかげもあって、祝福を得るための修練度はかなり溜まっているそうだ。自分に魔力がないので、魔法系等の祝福を習得できないとわかってから、すっかり放置していたけど……精霊に関わる祝福があるのでは?
そう思い至ったけど、どうやれば祝福を習得できるのだろう。そもそも祝福にはどんな種類があるのか、調べないと……。
『祈ればいいにゃ』
いたのか、ごびにゃ。
相変わらず神出鬼没な奴だ。
『お昼寝の時間だったにゃ』
そうですか。
ところで、祈るって何に?
『神ににゃ』
神って、誰に祈ればいいのかさっぱりなんだけど……そういえば神々に関する文献って今まで見た事がないな。
『この国の人間は、神について学ぶのは8歳になってからって変な決まりがあるにゃー。まぁにゃかには邪神と呼ばれる存在もいるから、その辺を警戒しているのかもしれないにゃ?』
なるほど……。判断力に乏しい幼児が、悪影響を被りかねない神から祝福を得るというケースをなくそうとしている訳か。
『少女の場合、『力が欲しい』とか、『精霊を知りたい』とか強く念じれば出るんじゃないかにゃ? にゃぜか、少女はどの神からも祝福を得られる状態なわけだしにゃ』
それはラッキーだ。
もっと早くに色々試しておけば良かったな……少しの後悔を胸にボクはさっそく『精霊』の事をもっと知りたい、とか『剣』のイメージを脳内に広げていく。
すると、祝福『霊剣の生成式』という名称が頭に浮かびあがった。さらにその祝福の主な内容なども漠然と理解できる。
『霊剣の生成式』
・複数種の精霊を駆使して霊剣を作る事ができる
・霊剣の維持時間の増加
・再生成までの時間短縮
・霊剣の強化など
これは今のボクに必要な祝福だと思ったので、即座に欲しいと願う。
すると、自分の一部が削られたような感覚を味わった。その代償として『霊剣の生成式』を手に入れた事を本能的に感じる。
これがいわゆる修練度を消費して祝福を獲得するって事か?
『そうだにゃー……少女はまだまだ、たくさんの修練度があるから、いろんな祝福を手に入れられるにゃーおかしいにゃぁ……』
社畜が貯めるストレス、万能説。
『みゃぁー当分はその祝福に慣れるために、『霊剣の生成式』へ修練度を費やしてだにゃ。祝福の効果を強化したり、出来る事を増やした方がいいと思うにゃ』
そうですか。
本音は、まだまだ余裕があるので他にも色々と祝福を得てみたいけれど、本当に必要な時に習得できないのは困るので、当分は節約していこう。
今後のボクの方針としては、魔剣と霊剣、精霊や祝福に関する書物を読みあさる事が一点。詳しい事が記された本が、うちの書庫にないか調べてみよう。そして、祝福を色んな面で試し強化していけばいい。
次に剣の鍛錬か。
サディスティックでバイオレンスな攻略対象から自分の身を守るためにも、魔法バカから剣術バカにイケメン共を軌道修正するにも、自分の技量を向上させるのは必須事項だ。
「引き籠ってはいるけど、事前準備はカッチリしておかないとだよな……」
ふと、窓から射しこんだ西日が目に眩しく感じ、ボクはそっと窓枠に歩み寄る。夕日に彩られた花々は妙に艶めかしく、どこか懐かしい気分を覚える。
あぁ、この空気は小学生時代の帰路を思い出しながら、退社はまだできないなと、必死に仕事に打ち込んでいた夕方の匂いだ。
「綺麗だな……」
世界はこんなにも美しくて平和なのに。
未来は真っ赤に染まった花々のようになってしまうのか。
「がんばらないと」
でもその前に、窮屈で息苦しいこの監禁生活に一息入れたい。
そろそろ小姓のクリストファと、お忍びで城内を散策する時間だ。
ボクは飲み終わった茶器などを銀製お盆の上に片づけ、呼び鈴を鳴らす。
すると部屋の扉前で待機していたお付きメイドであるユナが『失礼いたします』と、ことわってからスムーズに入室してくる。
「ユナ、美味しい紅茶をありがとう存じます。わたしは少し読書をするので、しばらくは誰もこの部屋に入れないように」
「かしこまりました、リリアお嬢様。では、お済みのものをお下げ致します」
「ええ、お願いね」
「リリアお嬢様」
「なぁに?」
いつもなら、無駄のない動きで業務をこなすはずユナだったけど、今回は違った。彼女は茶器を持つ手を止めて、ある一点を見つめていた。
「そのカーテンが……」
やばい。
祝福に夢中になるあまり、霊剣で切り裂いてしまったカーテンの事をすっかり失念していた。
「……そうね、少し無茶をしてしまって……」
何を無茶したんだ? と疑念の目を向けてくるユナ。
「壁にも傷みができておりますね……」
「まぁ! どうしてでしょう」
とっさにしらばっくれるが、やはり無理があったようだ。
彼女の目には、さらなる不信の色を帯び始める。
「……旦那様にご報告いたします」
「ユナ。これぐらいの老朽化は常にあるものよ。そんな些事でお父様を煩わせないで欲しいわ」
我ながら苦し過ぎる言い訳だ。
「しかし、リリアお嬢様のお住まいですよ? あのような目立った傷がおありと旦那様が知れば……」
どうにか、どうにか上手い言い訳はないだろうか。
そうだ、ボクから父にお願いすればいいじゃないか。
「でしたら、今夜のお夕食はお父様をこちらの館にお呼びしましょう。ユナが言うより、わたしが伝えた方が穏便に済む事もあります」
「お嬢様がそこまで言うのでしたら……では、今夜はお嬢様が旦那様や奥様とお夕飯をご一緒したいという旨をお伝えしますね」
「よろしくね、ユナ」
「かしこまりました」
ふぅ、なんとかごまかしきれた?
ユナが退室するの見届けた後、窓枠から外を眺める。
案の定、今日も約束を破らずにクリストファがそわそわとした挙動で、下からこちらを見つめていた。
あのフツメン少年の顔を見ると少しだけ安心する。
あいつだけが唯一、ボクの死と関係ないキャラだからな。