駆け引き
「なにを馬鹿げたことを! ミラ、奴の言葉に耳を貸すな!」
「都合の悪いことを隠してきた奴が今さら何を言う。物心がつく前にアースガルド家に引き取られたとしても、血の繋がった両親が変わるなんてことはない。子が親に会いたいと思う気持ちは極自然なことだ」
ミラを誘う甘美な言葉の数々。ダヴィンチにとってミラは是が非でも手に入れたい逸材だった。
だが初対面の自分よりも付き合いが長い四条要の方が信用されて普通。
それが分かってるからこそあえて未熟な娘が迷いやすい言葉を選んだ。
すべてはミラを迎え入れる為の策略だった。
「……嘘みたいな話だけど信じる。ダヴィンチさんならそれができると思う」
「よせ、奴の口車に乗るな!」
「本当の両親に会えるなら会いたい! ただ一目みるだけでもいいから……」
「正直なのは悪いことじゃない。君が本当にそう望むのならばこちら側に来るんだ」
口上手なダヴィンチと口下手な四条要の綱引き。
どちらが優勢かは一目瞭然。流れとしてその結果を疑う余地はなかった。
――あとは厄介な相手を葬るだけ。
ダヴィンチにとってすべてが思い通りにいくはずだった。
「師と袂を分かつのは後ろめたいか……?」
「…………」
「それならそこで見てるがいい。今から奴との決着をつける」
選択肢を一つに絞ってやれば必然的にそう決断せざるを得ない。
どちらにも転ぶような状況で重要なのは主導権を握るということ。
ミラの煮え切らない態度からそう判断したダヴィンチは四条要との決着を急いだ。
「過去に行く為の手段はどうするの……?」
ミラから発せられた質問。ダヴィンチは思わず足を止めた。
その思考はすでに停止していると思っていたが、実際には冷静に物事を考え感情に流されることなく的確な言葉を見つけて自分に投げ掛けてきた。
「……聡明な子だ」
ダヴィンチの口を突いて出た賛辞の言葉。
それはミラを味方に引き込めないと確信した瞬間でもあった。
「あなたがこれからやろうとしている事はなんとなく分かる。でも何かを犠牲にすることで得られるものが幸せだとは思えない」
「ぶはッ……」
笑いを堪えられないと噴き出す四条要。
ミラはすぐさまそんな四条要をキツく睨みつけた。
「カナメさん。笑わないでくれる?」
「いや、だってよ……。こりゃあ一本とられたんじゃないか、なあダヴィンチさんよ」
「どうやらそのようだな」
「まあ、こいつはこうゆう奴なんだ。アテが外れて残念だったな」
愚直で清々しいぐらいに己の信念に従って生きる不器用な人間。
そのような者を相手に駆け引きなど最初から通じるわけがなかった。
「ククク……ハハハハハハハハ」
すべては徒労だったと知り、四条要とダヴィンチは壊れたように二人して大声で笑い合った。




