裏切り者の末路
――神殺しの地。
とある宗教や民族においては《世界の中心》と呼ばれる聖域。
かつては山が連なり緑が生い茂る景観だったが、先の世界大戦の影響でその様相はすっかり様変わりし今や立入禁止地区となって久しく、山の中心奥地の洞窟では今後の世界の行方を占おうとする者達が密かに集結し帰還者からの報告を受けた。
「……失敗だと? どうゆうことだアーネスト」
予定とは違った報告に一同の視線が集まる。
「敵は我々の想像よりも強力だった」
「三人の同胞を殺された挙句おめおめと帰ってきたわけか。馬鹿め」
「戦力ならこちらの方が上手だったはず」
「大方慢心でもしたのだろう。甘っちょろいのは序列五位だけで十分なんだがな」
「煽るな序列十位。ここで我々が揉めてなんとする」
「ふん……」
「とりあえず状況を整理するとしよう。敵は四条要とウインドネイロを筆頭に、元聖騎士団長候補のセルヴァス、それとアースガルド家の私兵だったな?」
「ああ、それで間違いない」
「それに対してこちらは四人の殺戮部隊を中心に序列二位直属の暗殺ギルド。あとは囮として雇ったフリーの暗殺者集団」
「ああ……」
場を取り仕切る男はアーネストに確認をとった上で顎に手を当て考え込んだ。
他の者は空気に徹しそれを傍観。
事実上すべての判断を一人の男に委ねていると言っても過言ではなかった。
「ふむ、やはりおかしい。何らかの《不確定要素》があったとしか思えない」
「どうゆうことだ?」
「あらゆる状況をシミュレートしてみたが、負けるのは不自然だと言ってる」
送り込んだのは殺戮部隊の中でも精鋭。中には不死者との戦いを経験した者だっていた。
万全の状態で臨んだにもかかわらず敗北を喫するなど並大抵の道程ではまず考えられない。それが場を取り仕切る男の見解だった。
「……そういえば若い娘がいた。学長が言っていたアースガルド娘だ」
大敗の直接的な原因は自分の非協力。
アーネストはそれをよく理解した上で白を切るようにミラの存在を示唆した。
「おそらくだが、その女が序列一位の言う不確定要素かもしれん」
アーネストの行為は背信に等しいが、アーネスト自身は同胞を裏切る気など毛頭ない。
むしろ以前から裏切る可能性がある者をマークして組織から排除しようと画策しており、いわば今回の一件はそれを実行に移す千載一遇の好機だった。
「なかなか興味深い話だが……それも違う」
「なっ……」
「アーネストよ。あまり俺をみくびるなよ」
腹の底を見抜かすような眼光にアーネストは怯んだ。
そのカリスマ性に心酔し長年懐刀として仕えたという経験から序列一位の観察眼を軽視したのはアーネストの慢心に他ならず、その結果はアーネストが予期しない方向へと流れ始めた。
「序列五位は最強の魔法使いだ。たとえ相手が誰であろうが戦って負けるはずがない。それこそ背後からの一撃がなければ……な」
「ダヴィンチ! まさか俺を疑っているのか!?」
「疑ってなどいないさ。ただ状況のシミュレートを重ねた結果もっとも当て嵌まる形がそうだったと言ってるだけだ」
激怒するアーネストを往なすように淡々とそう告げる序列一位。
その二つ名を“万能人”ことレオナルド・ダヴィンチ。
オリハルコンを歴代最年少で卒業した傑物にして殺戮部隊の生みの親。
オルレアとは違った意味でこの男もまた時代に選ばれし者だった。
「ある程度の予想はつく。お前が組織の為を思って動いたという事もな」
「…………」
「だが少しばかり勝手が過ぎたな。お前がやった事は背信行為に他ならない。組織の長としてケジメをつけさせてもらうぞ」
そう言ってダヴィンチが抜いたのは柄頭に時計が内臓された奇妙な金剣。
アーネストはかつてそれが“鍵”だと説明を受けた時のことを思い出した。
秘密主義者ゆえにダヴィンチはそのすべてをアーネストに話すことはなかったが、長年の付き合いから漠然とだがアーネストはダヴィンチがやろうとしている事に勘付いていた。
「無限地獄で会おう。我が友よ」
「あるいは“過去”で……な」
ダヴィンチの不敵な笑み。それがアーネストの見た最後の光景だった。




