犠牲
「お嬢様ッ!」
敵は一人だけではない。
セルヴァスの悲痛な叫びはまさにそれを意味していた。
「“散氷乱雨”!」
一瞬でもベルガにだけ気をとられたという不覚。
「しまっ――……」
――避ける。否、不可。
事前に予期できた攻撃ならいざ知れず不意を突かれた攻撃をうまく捌ききれるほどミラの戦闘技術は熟達されてはいなかった。
結果として身を挺してミラを守るセルヴァス。
それこそが敵の狙いだった。
「ベルガさん!」
「わかってる!」
――息の合ったコンビネーション。
足元の蟻を踏み潰すがごとくベルガの前足が勢いよくセルヴァスにのしかかる。
「嘘……でしょ……」
時が止まったような静寂。荒々しくなる呼吸。
今の一連の流れが夢の中の出来事のような錯覚。
気付けばミラの頬には涙が伝っていた。
「うああああああああああああああああああああああああッ!」
自分の過失が招いた最悪の結末。それは取り返しのつかないことだった。
「なんで……なんで……なんで……」
今にも崩れ落ちそうな足取りでミラは動かなくなったセルヴァスのもとに駆け寄る。
「どうして……」
そう問い掛けたところで返事があるわけもなくミラはさらに号泣した。
自分の所為でセルヴァスが犠牲になった。
自分を守ろうとしてセルヴァスが死んだ。
津波のように押し寄せる自責の念。若き少女の心は砕け散りそうだった。
「……感傷に浸ってるところ悪いけど、次はお嬢さんの番ッスよ」
そんなミラの前に立ち右手を上げるレグナ。
想定外の苦戦だったがこれで終わり。
あとは抜け殻同然なった少女に引導を渡すだけとなった。
「……許さない」
絶望の淵でミラが呟いた呪詛の言葉。
すでに勝敗が決していたにもかかわらずレグナの背筋に電光石火の悪寒が走り抜けた。




