正門の戦い
戦争を彷彿とさせる魔法の応酬。それもようやく佳境を迎えつつあった。
おおよその雌雄は決していても、それを決定打というにはまだ早い。
双方が最終的な決着をつけるべく間合いをとると小休憩を挟むようにミラと対峙する男が口を開いた。
「元聖騎士の人だけでなく女の方もなかなか強いッスね。いったい何者ッスか?」
「さあな。それは俺に聞かず本人に直接聞けばよかろう」
「それもそーっすね。殺した後だと聞けなくなりますもんね」
敵は顔に無数の傷跡残る眼帯の大男と一見どこにでもいそうな軽薄なノリの若人。
アースガルド家の私兵を返り討ちにした上でセルヴァスとミラ相手に一歩も引かない大立ち回りを見せた殺戮部隊の生き残りは抱いた疑問をミラにぶつけた。
「お嬢さん。あんた一体何者ッスか?」
「ミラ・アースガルド」
「ああ、噂に聞くアースガルド家の養子ってやつッスね。現当主が子宝に恵まれなかったって話らしーっすけど、どうやって潜り込んだのか興味あるッスね~」
「黙って聞いてれば無礼な人ね。名乗りもせずに」
「ああ、失礼。自分はレグナ・イグニス。四条要さんとかネイロさんの後輩で序列は十二位ッス。んでもってそっちが八位のベルガさん。他にも二位の人とか五位の人がきてるんであんたらに勝ち目ないッスよ」
ヘラヘラと笑いながらミラの問いに答えるレグナ。
かつて時空牢の戦いでミラを圧倒し、アウロと互角の戦いを繰り広げた三人の殺戮部隊よりも上位の序列持ちが四人も襲来してくるなど悪い夢だと弱音を吐きたくもなる。
加えて運が悪いことにミラと対峙するレグナは水属性魔法の使い手。
ただでさえ相性の悪いというのにそれを差し引いたとしてもお釣りがくるほどの実力差。
四条要の言葉通りミラが戦って勝てるような相手ではなかった。
「……さっきの質問の答えだけど、物心つく前からここにいたから詳しくは知らない」
「へえ~それはますます気になるなぁ~」
「当時のことで知ってることが一つだけある」
「ん……?」
「ボクの本当の両親は殺戮部隊に殺された」
「あちゃー、そうだったんスか。道理で……」
――殺意を宿した敵意。
それは形として不自然なものだった。
本来ならば殺意は敵意の上位感情であり、僅かな殺意で敵意は簡単に殺意の色に染まるもの。
殺し合いが常である戦場において敵意の殺意化はより顕著なものだ。
にもかかわらず少女は敵意の中に殺意を押し殺していた。
それは二人の殺戮部隊をして違和感を覚えるほどのものだった。
「べつに恨んではいない。本当の両親の顔なんてロクに覚えていないから」
「ならば無意識のようだな。お前からは敵意のほかに殺意を感じる」
殺すつもりはない。捕えて然るべき裁きを受けてもらうだけ。
最初からそのつもりで敗色濃厚な現状においてもその考えは揺るぎないにもかかわらず敵から告げられた意外な言葉にミラは耳を疑った。
「そんな……はず……」
自分と敵――果たしてどちらが正しいのか。
その答えが出ないうちにレグナとベルガは再戦とばかりに殺意を剥き出した。
「……なめられたものだな」
「まったくッス。戦いとは命の駆け引き、究極的には殺すか殺されるかッスよ」
憤怒――それが二人の殺戮部隊がミラに対して抱いた感情だった。
強者が弱者の生殺与奪を握るのが常である戦場においてその逆などありはしない。
にもかかわらず眼前の小娘は今まさにその常識を覆そうとしている。
自分達よりも弱いにもかかわらず“不殺”を貫こうとしている。
それは二人の殺戮部隊にとって屈辱以外の何者でもなかった。




