影法師
「……流石に一筋縄ではいかんか」
そう言って地面から這い出てきたのは虚ろな目をした男。
あと一歩踏み込んでいたならば四条要の心臓もまたオルレアのように貫かれていただろう。
「貴様……」
身近な人間の死さえも瞬時に“罠”だと判断できる己の冷静さ。
それは殺人鬼だからこそ得られた悲しい性だと言わざるを得ないものだった。
「序列二位“影法師”のアーネスト・ギュンターか」
「ふっ……久しいな。十年前にお前を封印した時以来か」
漆黒の外套を纏った不気味さ際立つ青白の男。四条要にとっては忘れもしない人物だ。
暗殺者としては伝説的存在として知られる序列一位の懐刀。
大戦においては殺戮部隊の中でも群を抜いて“戦果”がトップだった男でもある。
「オルレアをよくも……」
「裏切り者は死んで当然。お前もすぐに後を追わせてやろう」
「おもしれえ。やれるもんならやってみな」
――こいつは殺す。
四条要が特定の個人に殺意を抱くのは長きに渡る殺人生活の中でも稀なことだった。
「…………ッ!」
初動なしの速攻。それは刹那の時間。
アーネストにとっては予想を上回る動きだった。
「おおっと、危ない」
「チッ……」
地面が砕けるほどの瞬発力から繰り出されたギロチンのようなラリアット。
並の使い手ならば一瞬のうちに首を刎ねられ訳も分からぬまま絶命しただろう。
だが、そうはならなかった。
“そこ”に逃げられてしまっては何人たりとも介入することができなかった。
「《影移動》か。相変わらず逃げ足だけは速い……」
一瞬で消えるアーネスト。元々そこにはいなかったように綺麗サッパリと。
それは数ある限定魔法の中でも特異な能力。
四条要が舌打ちするのも無理からぬことだった。
「こうなった時の俺は無敵だ。お前の限定魔法がどういったものであったとしても俺には通じない」
それは優れた能力を有するが故の驕り。
自らの限定魔法に絶対的な自信があるからこそ生じた隙でもあった。




