闇夜の刺客
「――――ッ!」
風を切る音とともに頬を掠めたのは黒光る鋭利な暗器。
すぐさま臨戦態勢に入ったミラは注意深く周囲を見渡した。
「まずは一人目」
いかに暗闇に紛れようとも気配そのものを完全に絶つ事は不可能。
僅かな気配から刺客の位置を割り出したミラは速攻をかけた。
「ひっ……」
「“火流弾”!」
ほぼ零距離で炸裂するミラの炎弾。
刺客は小娘相手に信じられないとばかりに目を丸くして崩れ落ちた。
「次!」
忙しくも捉えた二人目の刺客の姿。あたかもそうであるように見えたがミラの頬に掠り傷を負わせたのは今倒した刺客によるものではなく二人目によるもの。
もしもそれに気付けなければ今頃は死んでいたかもしれない。
――くれぐれも油断だけはするな。
師の教えを忠実に守るミラは寸分狂いなく正確に状況を把握していた。
「大いなる精霊の力よ――……」
「遅いッ!」
「がっ……!?」
相手が詠唱に入った直後の速攻。
修業で二人の師に散々やられた手だ。
並の魔法使いは詠唱なくして魔法に十分な威力をもたせられないがそれは実戦において大きな足枷となる。
そこで重要なのは相手との距離。それを考えずに詠唱など悪手でしかない。
ミラの掌打は刺客の腹部に鋭く突き刺さり、その一撃をもって大の男の意識を飛ばしてみせた。
「……見ているんでしょ? 出てきなさい」
「ほほう、ワシの気配に気付くとは中々やりよる」
「気配の消し方が他よりも上手い。さてはあなたがリーダーね」
「いかにも。聡明な娘だ」
「ボクの家に土足で踏み込んだことを後悔させてあげる」
「フン、人を殺したこともない小娘がほざきよるわ」
物陰から出てきた初老の刺客は威圧するようにミラを睨みつけた。
先刻の刺客とは明らかに場数が違うと思わせるピリピリと張り詰めた空気。
肌身でそれを感じ取ったミラは気の引き締めてから刺客との戦いに臨んだ。
「“火流弾”!」
先制攻撃でまずは相手の出方を窺う。
回避に不向きな狭い廊下においてミラの攻撃を躱すのは至難。
必然的に刺客の行動は制限された。
「“水壁宝珠”!」
大量の蒸気とともに無力化させられるミラの火属性魔法。
窓から差し込む月夜に照らされた刺客の周囲には水球が漂っていた。
「ほっほっほ……威勢だけだな。攻撃が単調すぎるぞ小娘」
資質はあるがまだまだ未熟。刺客は一連の流れからそう判断した。
もしも戦うのが一年後だったならば勝敗の行方は分からなかっただろう。
ゆえに刺客の口元は緩んだ。
それは自らの勝利を確信してのことだった。




