夜襲
その日は普段とは何かが違っていた。
いつもならベッドに横になるなり修業の疲れからすんなり眠りの世界に落ちるはずだが、どうゆうわけか一向に寝付けない。何度も寝返りを打ったところで睡魔が夢の世界に誘ってくれる気配はなく、ほとほと困り果てたミラは渇いた喉を潤すべく小テーブルの上に置かれた水瓶に手を伸ばした。
「ぎゃあああああああああああああああああッ!」
グラスに水を注ぎ始めた瞬間に聞こえてきた悲鳴。
慌てて飛び起きたミラは扉を叩くようにして廊下に出た。
「…………ッ! カナメさん!」
そんなミラよりも先に廊下に出ていたのは四条要。
予めこうなる事を予期していたかのように窓から外の様子を窺っていた。
「まさか奴等の方から攻めてくるとはな。おかげで探す手間が省けた」
「誰かは忘れたけど過去に出会った事のある気配ね~」
のっそりと部屋の扉を開けて寝ぼけ眼を擦りながら廊下に出てくるネイロ。
明らかに油断しきったその様子からは異常事態を異常事態だと思っていないぐらいの危機感のなさを感じ取ることができ、ミラは心の中に強い不安を抱いた。
「この気配は序列八位“凶爪”のベルガ……と他にもいるな」
「あっ、また気配が……今度は三つ消えた」
「かなり強いな。アースガルド家の私兵はそれなりに粒揃いだというのに」
「ほっといたら全滅しそうな勢いなんだけど」
「元聖騎士団のエース様が向かってるから流石にそれはないだろう」
「ど~する? 私が行って片付けてこようか?」
「いや、これは陽動だろうから迂闊に動くな。その証拠に刺客が館に入ってきてやがる」
ミラが口を挟む余地のない二人の師の会話。
賊の正体は愚か、館に侵入した刺客の存在にすら気付けなかった。
このままでは前回と同じく役立たずで終わるに違いない。
我を失うほどの不安と焦燥に駆られたミラは居ても立っても居られなくなった。
「おいおい、どこに行くつもりだ? 気配で察しろ。お前が戦って勝てる相手じゃない」
「だからってここで指をくわえて見てろって言うの?」
「実際のところそれが一番望ましいな」
「そんなことできるわけないじゃない! ここは自分の家なのよ!?」
「……まあ我慢できないわな。お前ならそう言うだろうと思った」
「止めても行くから!」
「ちょっと待て馬鹿弟子」
「なによ!?」
「まずは館に侵入した刺客を三人殺してこい。それができれば正門に行くことを特別に許可してやってもいい」
「ほんと? ……だけど殺しは嫌」
「ならば無力化しろ。雑魚相手に苦戦するようなら今の話はナシだ」
条件付きとはいえ認めてもらった上で戦う方が断然やりやすい。
「……わかった」
全神経を研ぎ澄ませたミラは館の索敵を開始した。
――賊が侵入できそうな場所。
そのいくつかを瞬時にピックアップしたミラに迷いはなかった。




