アースガルドの当主
「なにを騒いでいる?」
半ば暴走状態のミラを止めたのは厳格で透き通った声の主。
その声が聞こえるやいなや、ミラは借りてきた猫のように大人しくなった。
「義父様……」
「由緒正しきアースガルドの人間が浮浪者を連れ込むとはどうゆうことだ。納得のできる説明はあるんだろうな?」
二階へと続く大階段から降りてくるのは一見して上流階級だと分かる身なりの男。
絵に描いたようなアースガルド家の特徴を持つ気難しそうな中年男は四条要を蔑むように睨みつけた。
「へぇー……お前もずいぶんと偉くなったもんだな」
「誰に向かって口を聞いている。無礼討ちにあいたくなければ跪いて非礼を詫びろ」
対峙するように睨み合う両者。傍から見れば貧富の格差を風刺しているかのようだ。
ミラにとっては生きた心地がしない最悪な状況。
普段は本館の最奥にある《当主の間》にいるはずの義父と館内で鉢合わせるなどそうそうあることではない。同じ屋根の下で暮らしていても顔を合わせる機会なんて食事を除いて滅多になかったので高を括った結果がこのザマ。
言い訳しようにも言葉が出てこない。ミラは叱られる子供のように震えて俯くことしかできなかった。
「本当に俺が誰だかわからないのか?」
「生憎と貴様のような下賤な知り合いを持った覚えはない」
「そうか……ならばこうすればわかるか?」
「さっきから何を言って、……ん?」
長髪を掻き上げた四条要の顔を見てギョッと固まるアースガルド家の当主。
顔面は瞬く間に蒼白となり、まるで幽霊とでも出会ったかのように目を大きく見開き口をぱくぱくさせる義父の姿はミラが知る厳格な義父の人物像とは大きくかけ離れていた。
「今やお前がアースガルドの当主とはな。十年という月日は長いものだと改めて実感させられる」
「死んだはずじゃ……」
「地獄から蘇ったのさ。当主となって調子に乗っているお前にお灸を据える為にな」
「…………」
「まあそれは冗談だから安心しろ。いろいろあってお前んとこの小娘に助けられたんだ。他に行く当てがないから少しの間ここで世話になるぞ」
「ふざけるなッ!」
「おいおい、お前はいつから俺の頼みを断れるようになったんだ?」
「くっ……疫病神め。勝手にしろ!」
明確な上下関係。それは二人の間に確かに存在していた。
過去にどのような経緯があってこのような関係になったのかは定かでないが、ミラは義父が国王以外に下手に出るところを見たことがなかった。
その詳細を知りたいと思う反面、義父の面子を思って追及したくないという気持ち。
ミラの心の中では相反する二つの気持ちが天秤のように揺れ動いていた。
「くれぐれもミラに余計なことを吹き込むなよ……」
「例えばどこかの七光り馬鹿が何を思ったかいきなり戦場の激戦区に視察に訪れて間抜けにも捕虜にとられて殺されかけたところを間一髪で俺に助けられた話とかか?」
「余計なことを言うなと今しがた言ったばかりであろうがッ!」
「相変わらず短気な所は治ってなくて安心したぜ」
「次に何か余計なことを言ってみろ。憲兵に突き出してやるからな」
「わかったわかった。俺のことは見て見ぬフリしてくれるだけでいい」
「当たり前だ。今の私には当主としての立場がある」
「そりゃ結構なことで」
「……侍女どもはいつまで油を売っている! さっさと仕事に戻らんか!」
「は、はい旦那様。すぐに……」
侍女に八つ当たりして退散するように二階へと消えていくアースガルドの当主。
唖然とするミラを余所に四条要は薄ら笑みを浮かべていた。




