アースガルド家
――アースガルド家。
王族の遠戚にあたるこの一族は代々ロンヴァルディア東部を統治してきた。
今や国は過去最大の繁栄を誇る規模になっていたが、だからといってアースガルド家が治める土地に変化が生じることはない。
なぜならアースガルドは変化を望まない家訓をもつからだ。
――他領を侵さず、他領から侵略を許さず、争いには介入しない。
それは十二代続く初代当主の頃より厳格に守られてきた。
周囲から白眼視された先の大戦においても自領の防衛戦のみの参戦だった。
それを可能としたのは単に王族の親族だからなどではなく、アースガルド家そのものがロンヴァルディアにおいて絶大な影響力を持つ一族であるからに他ならない。
「……アースガルドの人間だってのは嘘じゃなかったんだな」
「だから何度もそう言ってるでしょ」
果てが見えない広大な土地を持つアースガルド家正門で言い争う二人組。
整列した門兵たちはそんな二人の様子を感情なくただただ置物のように見つめていた。
「普通アースガルド家って言ったら銀髪に碧眼だよな。なんで金髪翠眼のお前がアースガルドなんだ?」
「だから養子ってさっき説明したでしょ! ホント人の話を聞かないわね!」
「悪いが興味のない話はすぐに忘れる性分なんだ」
「自分が知りたいことだけ知れば他はどうでもいいわけ? ホント最低な男!」
「まあ少し落ち着けよ。ただでさえ性格キツそうな見た目してるんだからそうキャンキャン喚かれるとこっちの気が滅入ってくるぜ」
「あのね……それは誰のせいだと思って……」
整列した兵達に愚かな言い争いを聞かせた二人はようやく館の玄関前に辿り着く。
白を基調とした厳かで幾何学的な紋様をあしらった玄関扉――。
扉を開けた先で待っていたのは綺麗に整列した侍女たちの姿だった。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「ただいま」
東西南北あらゆる民族から選りすぐったであろう優れた容姿をもつ侍女たち。
ミラが冷めた口調で挨拶する中で四条要は品定めするようにまじまじと見ていた。
「上玉ばかりよく揃えたものだ。一人でいいから俺にくれ」
「は……?」
「メイドを一人くれと言ったんだ」
「馬鹿じゃないの。ダメに決まってるでしょ」
「十年も幽閉されて久々に女を見れたと思ったらそれがションベン臭い小娘だった俺の気持ちを少しは考えてくれよ」
「もしかしてそのションベン臭い小娘というのはボクのこと?」
「他に誰がいる?」
「もしかしなくても喧嘩売ってんの?」
「単に事実を言ってるだけだ」
「死ねッ!」
「おっと当たるかこのノロマめ。だいたい女のくせに自分のことボクとか言ってて恥ずかしくないのかよ」
「…………ッ。頭にきた! もう許さないから!」
ミラの拳を容易く回避する四条要。その後の追撃を指先一つで華麗に捌くという挑発をやってのけたことでミラの怒りのボルテージは瞬く間に臨界点に達した。
「このッ……」
「お嬢様。暴力はいけません!」
「うるさい! こんな最低男にコケにされてたまるかっての!」
いくつかの格闘技を習得しているにもかかわらずまるで赤子扱い。
それはミラのプライドを大いに刺激し我を忘れさせるには十分だった。




