四条要
「ぐぬ……ッ」
だが敵はカーチェスの想像の遥か上をゆく化物。
全身全霊の拳を糸も容易く片手で受け止められたことでカーチェスは悟った。
噂通り四条要は“別格”なのだと頭や体ではなく本能で理解した。
「どうした? もう終わりか?」
「この野郎ッ……」
だからといって簡単に引き下がれるほどカーチェスは器用な男ではない。
ここからが本当の戦い。勝負はこれからだ。
自らの力を暴走させてでも四条要を討ち取る。たとえその代償で命を落とすとしてもカーチェスに迷いはなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
四条要にとってカーチェスは特筆すべき点のない男だった。
魔法使いとして優れた資質をもっているということに疑問の余地はなかったが、それはあくまで一般基準での話。同じく優れた者達が集まる殺戮部隊という集団の中では埋もれる程度の器だった。
殺戮部隊の中でも暗部として活動していた四条要がカーチェスと接点をもつことは今までに一度としてなかったが、最後の最後で死を覚悟して自分を殺しにきたという事実に対して四条要が抱いたのは戦士としての敬意だった。
「嫌いじゃないぜ。だからせめて楽に葬ってやろう」
敬意を払った相手を屠る際には苦痛を必要最小限に抑える。
それが四条要の殺しの信念。ある種のこだわりでもあった。
カーチェスの心臓に狙いを定めた四条要は矢を引き絞るように右腕を大きく後ろに引いた。
「ダメ! 殺しちゃダメ!」
これから一つの命を奪う。
そんな矢先に四条要の腕に抱きついてきたのは存在を忘れかけていたいつぞやの小娘。
「お前ッ! どっちの味方だ!?」
「お願いだから殺さないで……」
何を血迷って足を引っ張るような真似をするのか――。
いや、それよりもおかしい。
このような状況で平気でいられるわけがない。
「早く失せろ。お前ごときの魔力では奴の熱気に耐えられまい」
「じゃあ、約束して……殺さないって」
「馬鹿を言え! こいつらはここで……ぐっ!?」
突如として四条要の胸に広がる痛み。一瞬は眩暈すらも覚えた。
――嫌な予感が脳裏をよぎる。
まさかとは思いつつも、絶対にそれはあり得ないと言えない事が問題だった。
「“事象の反射”!」
大砲から射出されたかのように勢いよく吹っ飛ぶカーチェス。
後方で腕を組んで見守っていたルゴフが動きカーチェスを受け止める。
「これで分かっただろう? 我々では奴に勝てない」
「くそが……」
「退くぞ。奴の気が変わらんうちにな」
ルゴフの言葉に頷いたターニャは宙に浮く砂鉄の絨毯を形成する。
三人は四条要を人睨みすると、そのままどこかへと飛び去って行った。




