事象の拒絶
「あ……あ……」
すぐにでも逃げ出したい。しかし足がすくんで言うことをきかない。
震える指先はもはや満足に動かすことすら叶わず死を享受しているかのようだ。
まさかこのような結末を迎えるとは……。
諦めるように瞳を閉じたミラは深海よりも深い後悔の念に駆られた。
「俺に啖呵切っといてこの程度で諦めてるんじゃねーよ」
――男の声。
不意にかけられた声に釣られて目を開いてみるとミラの眼前には大きく逞しい男の後ろ姿。
それは不思議と包み込むような安心を与えてくれるものだった。
「四条要……」
「封印術式を消してくれた分ぐらいの働きはしてやる」
横目でミラを見てそう言った四条要は視線を前方へと移した。
「……“事象の拒絶”」
四条要が魔法を発動させると、元々そこになかったかのように消え失せる紅蓮の炎と受け止められるカーチェスの拳。
敵味方問わずその場に居合わせた誰もが一様に驚いた表情を浮かべる。
「馬鹿な……。何をした!?」
「別になにも」
「ふざけるなっ!」
「そりゃこっちのセリフだ。俺をこんな所に閉じ込めやがって。覚悟はできてるんだろうな?」
「くっ、この化け物が……」
四条要の手を振り払うなり大きく後方に跳ぶカーチェス。
ターニャとルゴフが示し合わせたようにカーチェスに合流する。
三対一という不利にもかかわらず四条要の表情に不安や焦りというものは一切なかった。




