砂鉄貴女
「まずは左肩から……」
その言葉の直後、ミラの身体に電流が走った。
「痛ッ……!?」
反射的に左肩を押さえてみると今までに見たこともないぐらいの血が止まることなくドクドクと溢れ、白を基調とした学生服は瞬く間に真っ赤に染め上げられる。
「そいつの二つ名は“砂鉄貴女”! 地属性の限定魔術の使い手で砂鉄を自在に操れる術者だ!」
「こんなの……どうしろって言うのよ……」
「お前にゃ無理だ。実力が違い過ぎる」
少し魔法をかじった程度の小娘では時間稼ぎすらできはしないだろう。
普通に考えれば詰みだ。どうあがいても勝ち目はない。
四条要から見て、ミラとターニャの実力にはそれほどの差があった。
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
「なんとか俺の真下にある封印術式の魔法陣だけでも消してくれ。釘の方はこっちでどうにかする。……まあ、死ぬほど痛いだろうからあまり気は進まんがな……」
四条要の身体に打ち付けられた聖釘の数は全部で十三本。
どこの誰が作ったかも知れぬ“聖遺物”と呼ばれる怪しげな代物の力は本物だった。
それだけでも十分に厄介だったが、さらにどうしようもないのは足元に描かれた封印術式。
見たこともない奇抜な術式によって四条要は魔法の一切を封じられていた。
だからこそ自力での脱出は諦めていたが、望み薄だとしても今回のようなチャンスは逃したくない。
ゆえに必死だった。己の自由の手にする為に相手が誰であっても利用するつもりだった。
「そんなこと……させない……」
指で抓める程度の砂鉄。それがターニャの次なる攻撃だった。
本来ならば殺傷能力なんてものは無きに等しいがターニャの限定魔法はその限りではない。
もしも殺す気ならばすでに勝負は決まっていただろうがターニャはどうゆうわけかあえて決着を避けている節があった。
「もっと……苦しみ……なさい。悲鳴を上げて……さあ……ほら……早く……」
「あうっ!」
鉛玉のような砂鉄がミラの脇腹を貫き出血を強いる。
術者であるターニャはミラの表情が苦痛に歪むのを見て恍惚とした表情を浮かべた。
「あなたが苦しめば……もっと……嬉しい……」
「ひどい。どうしてこんなことするの……?」
「若い娘が……苦しみ悶えて……死ぬ姿は……美しい……から……」
「く、狂ってる……」
常人には到底理解できないであろう狂気を孕んだ瞳。
――人の形をした別種の生き物。
ミラはようやく四条要が自分を制止した理由を悟った。
「もう鳴かないなら……これで……おしまい」
希望に満ちた若く美しい女が絶望の中で死んでいく姿に無上の快感を見い出したターニャにとって絶望で呆けてしまったミラは壊れた玩具同然だった。
自分を楽しませてくれないなら生かしておく価値はない。
そう判断したターニャはミラを葬るべく詠唱を始める。
「大地に息吹く……神よ。今こそ我の……力となりて……敵を打ち砕かん……」




