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第6話 変わりゆくもの


「ハル~、ここでお別れなんてー、うー、俺はイヤっすよおー」


 ここは空港の出発ロビー。

 大の大人が(しかもかなりのイケメンが!)腕で涙をぬぐいつつ、搭乗口の前であきれ顔の男に取りすがっている。

 誰の影響なのか、一つため息を落としたその男が言う。

「お前さんたちの所には、またすぐに来てやるよ。ちょっと変装してな」

「あ! そうでした。コスプレ楽しみにしてます!」

 その一言で立ち直るイケメン。しかも、上げた顔にはすでに一滴の涙もない。

「コスプレじゃなくて変装だ。まったく」

 ニヤニヤと笑いつつ、こぶしを軽く夏樹の腹に当てる樫村。

「うへ! すんません」

 うぐ、とわざと大げさに言うが、ちっともこたえた様子はなく、あとは笑顔で元気よく言う。

「お待ちしてます!」

 仰々しく敬礼などする夏樹の横で、心持ち首をかしげて冬里が言う。

「でもさ、由利香がいるよ? ハルが来るたびにどこかへ出かけてもらうつもり?」

「あー、ホントだ。どうするんすかー」

 冬里のセリフを聞いて心配そうに言う夏樹に、樫村は「ああ」と気がついたように答える。

「そのあたりもちゃんと考えてあるさ」

「そうっすか、良かった。ところで、ハル兄、イギリスで由利香さんたちに会うんすよね?」

「ああ」

「じゃあ椿に、頼んでおいたお土産よろしくって言っといて下さい」

 律儀に頭を下げる夏樹に、冬里が聞く。

「あれ? なんで由利香には頼まないの?」

「そんなの当たり前っす。だって、由利香さんに頼むとあとがうるさいんです」

「そうなの? 」

 ブスッとしながら言う夏樹に、冬里はわざと訳がわからないふりをしている。

「そうっす! 」

 そのあと夏樹は、由利香がいかにうるさいか、身振り手振りで説明をはじめ、冬里は面白がって、ふうーん。それから? などと、またわざと煽り出す。

 そんな2人のやり取りを、シュウと目があった樫村が、またやってるよ、と言う表情をしたあと、可笑しそうに笑いながら大きく伸びをした。

「さあーて、そろそろ行くとするか」

「はい」

「え? もう行くんすか」

「ああ、飛行機は俺だけのために待ってはくれないだろうしな」

 少し慌て気味だった夏樹は、その言葉に妙に納得している。

「そうっすねー、冬里ならともかく、ハルは自分の都合で飛行機を遅らせたりしないっすよね」

「え? 僕がどうしたって? 」

「ひえっ! なんでもありません! 」

 また墓穴を掘ってしまった夏樹にため息をついて、

「……ふたりともその辺で。では、ハル、またお待ちしています」

 間に入ったシュウがこの場を収める。

「ありがとう。落ち着く先が決まったら連絡するから、お前たちもいつか来ればいい」

「はい! ぜえったい、行きます! 」

「もちろん。だよね? 」

 頷いてシュウに聞く冬里に、こちらもしっかりと首を縦に振る。

「必ず」


 搭乗ゲートをくぐり抜けた樫村のことを、姿が見えなくなるまで見送っていた夏樹が、シュンとしてつぶやく。

「あーあ、行っちまったー。つまんないの」

 そんな夏樹の肩をポンポンと叩きながら、冬里がニッコリと言う。

「でも、ハルをたずねていくっていう楽しみが出来たよ」

「うわ、そうでしたね。どんなところですかね」

「きっと、ハルらしい所だよ」

 ふんわりした笑顔で言うシュウに、夏樹は、シュウがそう言うならきっとそうだろうなー、と、また楽しみが膨らんでいく気がするのだった。




 樫村が旅立ってから幾日かすぎ、今日は日曜日、『はるぶすと』の休日。

 夏樹はいつもよりかなりのんびり起きて、自分の部屋からリビングへ向かう。


 そこには、当然ながらシュウと冬里がいた。

 ふたりはソファに座って、手に持った本と雑誌に目を落としている。

 しばらくすると、珍しいことにシュウが冬里に読んでいた本を示して見せ、冬里がそれを見て何やら答えている。静かに笑い合ったあと、彼らはまた何事もなく自分たちの世界に戻っていった。

 夏樹はふと垣間見たそんな2人を、訳もなくカッコいいと思った。ハルもそうだが、シュウも冬里もなんであんなに自然体なんだろう。自分も彼らのように格好良くなっていけたらいいなー、と思いつつ、夏樹は「おっはようございまーす」と、いつも通りのテンションで彼らの前に出て行った。


「おはよ、ずいぶん遅いお目覚めだね」

「そうっすね、すんません」

「なんで謝るの? 休みなんだからいいんじゃない。また明け方まで新しいレシピでも考えてたのかな」

「いや、そういうわけじゃ、……うわ、シュウさん、朝飯っていうか、もう昼だけど、飯は自分で作りますから」

 冬里と話している途中で、当然のように立ち上がってキッチンへ向かおうとするシュウを止める夏樹。

「ああ、わかってるよ。ただ、サラダをたくさん作りすぎて。だから残り物で悪いけど、食べてもらえるとありがたいんだけど」

 と言いつつ、冷蔵庫から取り出したのは、店で出せるほど綺麗に盛り付けられた、温野菜を使った一品だった。

「これが残り物、ですか……。ずるいっす、それに1人分にしては多いです」

 心持ち頬を膨らませた夏樹を微笑んで見ていたシュウが、思いついたように言った。

「夏樹、ひとつ提案なんだけど」

「はい?」

「だったら、サラダが残ってしまったら、今日の夕食用にアレンジしてくれるかな」

「はあ?」

「ブランチでも食べ切れなさそうだし。夏樹なら簡単だよね」

 そう言って誰かのようにニッコリ微笑むシュウに、夏樹はくってかかる。

「シュウさんてば、冬里に感化されちまったんすか。なんなんすか、その満面笑顔!」

「えー? 僕に感化されたって、どういうことかなー」

 ソファから言う冬里を「なんでもないっす!」と抑えて、夏樹は恨めしそうにシュウを見る。けれどそこは切り替えの早い夏樹のことだ。

「わかりました、受けて立ちます!」

 そう宣言したあとは、自分の朝食そっちのけでレシピを考え出すので、シュウが苦笑しつつ用意をはじめると、夏樹は慌ててキッチンから彼を押し出した。

「だめですよ、朝飯も自分で作りますから」

「わかったよ」

 今度は綺麗に微笑んだシュウがソファに戻ると、入れ替わりに冬里が立ち上がる。

 そして、夕食レシピに心が飛んでいる夏樹に、パンやサラダを、まるで親鳥が雛にえさを与えるように、通りすがりに口に運んでやるのだった。



 その日の夕方近く。

「おじゃましまーす」

 インターホンを鳴らしもせず、まるで自分の家のように2階リビングに入ってきたのは、お察しの通り由利香、と、その後ろに、大量の袋を持った椿だ。

「あ、由利香さん、椿も、お帰りー」

 夏樹はそう言うと、いつものごとくフットワーク軽くキッチンからやって来て、椿の手から荷物をいくつか受け取るとリビングのテーブルへ置く。

「もうすっかりお姫様扱いだね」

 冬里がニッコリ笑って言うと、椿が照れ笑いをしながら答える。

「イギリスは紳士の国ですからレデイファーストは当然として。まあ理由はそればかりじゃありませんけど」

 わかってるよ、と言うふうに頷いた冬里は、

「あ、それ、全部お土産よ。見てみてー」

 楽しそうに由利香が言うので、「はいはい」と夏樹が袋の中身を出し始めるのを眺める。


「それにしても、すごい量だね」

 次々取り出されるお土産に、あきれたように言う冬里。

「ホントはもっと少なかったんだけど、意外な人がたずねてきてくれたの。ねー、椿」

「意外な人?」

 夏樹が不思議そうに聞くと、椿は「そうそう」と頷きながら言う。

「シギとね、もう1人、あの、園芸をしてる」

「あ! 鷹司さん?」

「そうなのよねー、私たちもビックリ。でね、皆にお土産を持って帰ってくれって言うから、引き受けたらこんなことになっちゃったのよー」

「よくスーツケースに入ったな……」

 夏樹が感心とあきれとを入り混ぜた表情で言うと、由利香がふんぞり返って言う。

「そこは私のお手柄よ。行きはスーツケースひとつ、ほとんどカラで持って行ったのよ」

「へ、へえ~」

「だってイギリス久しぶりだったし。ma'amがあれもこれも持って行けって言うの、わかってたし」

「そうなんすか」

 アハハ、と乾いた笑いを浮かべていた夏樹に、椿が「はい」と包みのひとつを手渡す。

「え? あ、これってもしかして」

「ああ、言ってた紅茶だよ、たぶん合ってると思うけど」

「うわ、ありがとう椿!」

 嬉しそうに包みを開けはじめる夏樹に、由利香がまたふんぞり返って言う。

「感謝なさい。私が見つけたんだからね、そのお店!」

「そうなんすか?」

 由利香ではなくあえて椿に聞く夏樹に、

「あ、疑ってるわね、ホントなんだからね」

 と、ビシッという由利香。

 椿はそんな2人の様子にクスクス笑いながら言う。

「本当だぜ、夏樹。その店まだオープンしたばかりでお義父さんやお義母さんも知らないし。シギや鷹司さんも最近のロンドンはあんまり詳しくなくてさ」

「もう、大変だったんだから」

 夏樹は大げさに言う由利香に少し辟易しながらも、中身を見て嬉しそうに言う。

「ああ、これこれ。店をオープンするって連絡もらってさ。まだ日本で発売する予定がないって言うから、ちょっとガッカリしてたんだ。そんときに椿たちがイギリスへ行くって話になって。まさに渡りに船!」

「あら、ずいぶん日本語が上達したわね、夏樹」

「あったりまえっすよ」

 親指を立てる夏樹に苦笑しつつ、興味深そうに手元を見つめる由利香。

「ちょっと香りかがせてよ」

「あ、これっすか? いいですよー待って下さい」

 夏樹はパッケージされた紅茶を丁寧に開けて由利香に渡す。

「ありがとう。……んー、素敵な香りね。きっと美味しいわね、これ。また飲ませてね」

 ほわん、と幸せそうな表情になって紅茶のパッケージを返す由利香に、嬉しそうに頷く夏樹だった。


「ところで、シギや鷹司さんからのお土産って?」

 紅茶を受け取った夏樹が聞く。

「そうだ、えーっと、どれだったっけー」

 由利香がその辺をキョロキョロと見回す中、ひょいと袋を持ち上げたのは椿だった。

「たしかこれ」

「あ、そうだわ。椿さすがー」

 持ってきた中で一番大きな袋に入っていたのは、まず、プリザーブドフラワーのアレンジメントが3つ。これは、鷹司が3人のために特別に作らせたものだそうだ。

 1つは白バラを基調にしたシンプルなもの、これはシュウをイメージしたものだ。

 2つめは胡蝶蘭が優雅に配されたもの、これは冬里。

 最後はひまわりをメインにした明るいアレンジ、これは言うまでもなく夏樹だ。

「うわ、俺はどうかわかんないすけど、シュウさんと冬里はぴったりっすね!」

「そうなの、私たちも見てびっくりだったのよ。大丈夫、夏樹もイメージにぴったりだから」

「そうすか? へへ、ありがとうございます」

 照れる夏樹の横にいつの間にか来ていた冬里が言う。

「へえ、やるじゃない。で、あとの2人のは?」

「え?」

「当然、由利香たちももらったんだよね」

 冬里の意図がわからなかった由利香は、そう言われて気づく。

「あ、もちろん。でも、椿と私にはひとつだけ、ピンクのバラのアレンジメントだったわ」

「ふうん、結婚祝いかな?」

「そうみたい」

 答えてから幸せそうに微笑む由利香に、こちらもニッコリの冬里だった。


 シギからは、店用にハチミツの詰め合わせを。それともう一つは各々の個性に合わせたチェック柄のマフラーだった。

「へえー、シギって1回しか会ったことないのに、なんかすごく俺たちっぽいのをチョイスしてくれてますねー」

 夏樹は嬉しそうに、色んな巻き方を試している。それを微笑みながら見ていたシュウは、包みを開ける冬里の手が止まっているのに気がついた。

「冬里、どうかした?」

 だが、冬里は何事もなかったようにニッコリ笑って答える。

「え? なに? あ、夏樹、こうした方が夏樹にはあってるよ~」

 と言いつつ、包みを横に置いて立ち上がり、夏樹から無理矢理マフラーを引っぱがして、ぐるぐる巻きにする冬里。

「うわっ! 何するんすか、やめて下さいよー冬里。う、……ぐるじい」

「冬里、ちよっと夏樹が」

 少し慌てて近寄った椿が、冬里の餌食? になるのはいつものこと。

 2人セットでぐるぐる巻きにされて、由利香が慌てて止めに入り、シュウのお怒りメーターがマックスになったところで騒ぎが収まった。

「もう、冬里! 夏樹は仕方がないとして、椿まで巻き込むのはやめてちょうだい!」

「え、由利香さん、ひどいっすよ。俺はどうでもいいんですかー」

 反論する夏樹に、由利香はしれっとして言う。

「だって、夏樹は慣れてるじゃない。椿はそういうわけにはいかないの」

「ふふ、愛情の差だね」

 2人の言い方にガックリしたあと、すねまくる夏樹を椿がなぐさめるのもいつもの光景だ。


 お土産披露大会のあとは、アレンジした温野菜サラダを含んだ、夏樹が精魂込めた夕食を皆で楽しむ。

 その席で、椿がイギリスで樫村と話し合ったことを報告した。

「ハルの仕事を引き継ぐ?」

「はい。もちろん俺1人じゃなくて、チームとしてですが。それで、拠点をイギリスに置こうかって話になってるんです」

「椿、イギリスに行っちまうの?」

 夏樹が驚いたように言うと、椿は少し苦笑して言う。

「今すぐって訳じゃないよ。こっちでの仕事もまだあるし」

「由利香は?」

「もちろん、一緒に行くわよ。私もチームに入ってるんですもん」

 当然のように言う由利香を、3人はそれぞれ興味深そうに眺めていたが、しばらくすると冬里が口を開いた。

「まあ、まだ少し先の話って事だね。じゃあそれまでいっぱい椿で遊ばせてもらおうっと」

「と、冬里、ダメっすよ」

 慌てる夏樹にウインクなどして言う冬里。

「もちろん夏樹もセットで、ね」

 すると、椿と夏樹は手を取り合って、

「椿、頑張るぞ」

「ああ、やられっぱなしは、なしだぜ」

 などと、無駄だとはわかっているが結束を固めている。

 由利香はまた始まった、と言う感じでシュウと顔を見合わせ、シュウはそんないつもの様子を見守りながら、夕食の時間が和やかに過ぎていくのだった。


「ホントに美味しかった。夏樹、ごちそうさま。ありがとう」

「また俺が作れそうなレシピ、教えてくれよな」

 2人が仲良く帰ったあと、3人はそれぞれ自室へと引き上げる。

 冬里は部屋へ戻ると、途中まで開けてあったシギからの土産を持ってベッドに腰掛ける。そして、マフラーの間に目立たないように入れてあった封筒をスルリと取り出した。

 真っ白な封筒に、ご丁寧に封蝋を使った封印がしてある。

「ふうん、なんだろうね」

 冬里は興味深げに長々とその封筒を見つめたあと、ペーパーナイフを取り出して、こちらもご丁寧に封を開け始めた。


 便箋を取り出し中の手紙を読み終えると、また丁寧にそれを封筒に戻す。

 ひとつ微笑んだ冬里は、そのままポフン、とベッドに沈み込むのだった。




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