幕間
ゲッソリ…。
「ちょと! これも素敵よ~、ほらほら次はこれ着てちょうだい」
「ma'am…」
「え? なに? ほら早く」
もう、なんなのよこのテンション。
ゲンナリ…
私は今~♪、ma'amのたくらみにより、着せ替え人形よろしくドレスを次から次へ、ズズズイーっと? あ、違う違う。もう、考える暇もなく目の前にドレスが表れては消え、表れては消え。何の早着替えよ、これ。
「あら? 思ったより似合うわね、この色」
だの。
「まあ? それに比べて見劣りするわねーこれ。ぴったりだと思ったのに」
とか。
あのーおかあさーん、私は貴女のおもちゃじゃないのよー。
で、さすがに枚数が二桁になってくると、こっちもおとなしくしてられない。
「あー! もう疲れた! 1度休憩させてよ! だいたい、なんでそんなにドレスにこだわるのよ! 」
すこおし切れ気味で叫んでしまう。
すると。
「だってね。お母さんの時は、ドレスなんてとんでもないって着せてもらえなかったのよお~。そりゃあ文金高島田も晴れ着も素敵だけど。ドレスってねえ、なんか西洋のお姫様みたいで、あこがれだったのよー。こうしてみると、やっぱり素敵~」
と、夢見るように言うma'am。
あれ?
これって、もしかして…。
で、トイレに立つ振りをして、英語は話せないことはないんだけど、ちょっぴり苦手だから、語学堪能な椿をコッソリ呼んでお店の人と交渉する。
「由利香~、いつまでトイレに入ってるの。お腹痛いの? 」
あ、しびれを切らせたma'amが呼んでいる。
よし、行くか。うまくいけばこれで着せ替え狂騒曲も終わるはず。
「ma'am、今ね、お店の人に聞いたら、ma'am用のドレスもあるんですって! だから着てみてよ」
「え? 」
ma'amの説明から察するに、たぶんうちの母は、自分が結婚するときにドレスが着られなかったのが、相当心残りだった模様。
だからお店に頼んで、ma'amにもドレスを着せたいというと、さすがは紳士のお国柄。二つ返事でOKどころか、「それは素晴らしい! 私も是非拝見したい」と、大乗り気になってくれた。
けど、それを聞いたma'amがなぜか黙り込んでいる。
「どうしたの? 」
と、声を掛けると、ハッと我に返り。
「本当なの? 由利香。ジョークじゃなくて? 」
「もちろん、ね!」
と、お店の人に確認すると、ニッコリ笑顔でドレス室の方を手で示す。
「まあ! なんてこと、なんてこと。嬉しい~、由利香ありがとう! 」
大喜びで思いっきりハグしてくれるma'am。
「もう、そんなことなら一言言えばいいじゃない。ma'amらしくもない」
「あらあー。だって私も、根は奥ゆかしいジャパニーズなのよー」
などとのたまう。
はは。
笑いながらガックリと肩を落としたのもつかの間。
「じゃあ、遠慮なく着させて頂くわあ。まあ~、なんて素敵~」
勇んでドレス室に入ると、お店の人がゲッソリする勢いで、試着をはじめるma'amだった。
でね。
「お、なかなかのもんだな」
と、言ってしまった父も巻き込んで。
「あらー、ありがとう。そうだわ! せっかくだからお父さんも正装して、写真撮ってもらいましょうよ! 」
と、無理矢理着替えさせると、ああでもないこうでもないと言いながら、私たちよりたくさんの記念写真を撮ってもらっているのだった。
「お義母さん、嬉しそうだね」
「うん。…ごめんね、こんな母親で」
「いや。ずっと前から知ってるし。それに…」
まだ最後に着替えさせられたドレスを着たままだった私をチラッと見て、椿が照れたように微笑む。
「由利香のドレス姿、とっても素敵だし…」
「あ…」
うわあ。
なんだか、あらためて言われると、すごく恥ずかしくて、照れちゃって、思わずうつむいてしまう。頬が熱い。
冬里や夏樹には、決して見せられないわね。こんな顔。
今更なんだけど、お互い照れてモジモシしてると、そこに脳天気な声が響く。
「由利香、何してるの、貴方たちも一緒に撮影しましょ。凄いのよー、この反射板っていうの? 見違えるくらい綺禮に写るんですって! 」
楽しそうな母と、その後ろで肩をすくめて微笑む父。
椿が私を見て嬉しそうに頷いて。
「行こう」
と、手を差し出す。
あれ、なんだか王子様みたいね、椿。母に影響させられたかな。
けれども。
椿と手をつないで歩きながら、なんだかこんなのもうちらしくていいかな、と、ふっと幸せがこみ上げてくるのだった。
ありがとう、お父さん、ma'am。
そして。
ありがとう、椿。大好き、愛してる。
了
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
ちょっと一息の、イギリスでの一コマです。
秋家のご両親は相変わらずです。それに怯まない椿も大物?
と言うことで、今年もあと少しですね、皆さまどうぞ良いお年をお迎え下さい。