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第3話 ミッドナイト・ディナー


 せっかく樫村がやって来たのだが、『はるぶすと』は本日も通常通り営業している。


 夏樹などはそれがけっこうストレスだったりするようだ。

「せーっかくー、ハル兄が来てるってのにー」

「どうした」

「なーんのおもてなしも出来ないし、どーっこも行けないし」

「フェアリーワールドには行ったぞ? 」

「え、あれは、なんというか…」

 文句タラタラ言う夏樹を面白そうに眺める樫村。

 夏樹は夏樹なりに気を遣って、と言うより自分が楽しめないのが面白くないらしい。


 とは言え。

「ハル兄! 行きましょう」

「おう」

 椿のピンチヒッターで、夏樹の早朝ジョギングに付き合ったり。


「お待たせいたしました。紅茶でございます」

「ありがとう。新人さん? 」

「はい。ほんの10日ほどですが、よろしくお願いします」

「まあ、本当にここは気持ちの良い方ばかりお揃いね」

「ありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎ下さい」

 ランチの手伝いをして食後の飲み物を運んだり。


 ディナータイムを終えて、3人が2階へ上がると。

「お疲れ。洗濯物たたんで置いたぞ。それから風呂の湯も入ってるぞー。ゆっくり疲れを取れ」

「ハル兄~。またそんな事してー、いいって言ったのに」

 と言いつつ、半ば諦めモードの夏樹。

「まあまあ。それから、シュウ。見せてもらった帳簿なんだが…」

「はい」

 家事諸々の合間に経営チェックをしたり。

 樫村はそれなりにここでの生活を楽しんでいる。



「なーんかあっという間に1週間たっちゃいましたねー」

 夏樹が言うように、楽しい時間はすぐに過ぎ去り、もう今日は土曜日だ。先週訪れたフェアリーワールドがまるで遠い昔のようだ。

「でも! 今日は楽しみっすね! 」

 夏樹がワクワクした様子で言うとおり、今日は通常のディナー営業が終わったあとに、もう1度ディナーを用意することになっている。

 シュウがはじめた変則シチュエーションディナー。

 今回の依頼者は、もちろん樫村だ。

 『はるぶすと』の経営は至極順調。それでも営業の邪魔にならないようにと、樫村は深夜を選んだのだ。ゲストも何人か呼んでいるが、皆、時間にとらわれることがない者ばかり。そして明日は定休日なので、時間を気にすることなく楽しめるというわけだ。


 前日のランチタイム終了後、シュウは2人に声を掛けた。

「冬里、夏樹。ちょっと来てもらってもいいかな? 」

「なーに」

「はい、なんっすか」

 見ると、シュウは手に少し大きめのメモ用紙を持っている。それを受け取った冬里の後ろから、夏樹がのぞき込んでいる。

「これ…」

「そう。変則ディナーで出すレシピを組み立てたんだけど、2人に異存はない? 」

 今回の話が決まったときに、2人にはメインを何品かずつ考えてもらっていた。冬里には魚料理を、夏樹には肉料理をだ。シュウはその中からひとつずつを選び、その2つにピッタリ合うような前菜とスープ、そしてデザートをそこに書き記していた。

「ふうん」

「うへっ! なんでこんな申し分のない組み立てが出来るんすか」

 夏樹が半ばあきれたように言う。冬里はしばらく無言でそれらを眺めていたが、やがてその用紙をシュウに返しながら言う。

「悔しいけど、完璧かな? 」

「へえー。冬里が珍しく素直に認めてる」

「何か言ったかな~、夏樹? 」

「ひぃえ! なななにも言ってません! 」

 あいかわらずのやり取りに苦笑しながらも、シュウが言う。

「では、2人ともこれでいいようだから、今回の変則ディナーはこの通りで勧めます。よろしくお願いします」

「はい! 」

 夏樹はピシッと直立して言い、冬里はニッコリ微笑んで、

「了解。いつまでたっても堅苦しいんだから」

 と、シュウの肩をポンポンと叩いたあと、2階へ上がって行った。



 そんなやり取りがあった翌日。

「ありがとうございました」

「本当に美味しかった。また是非お邪魔したいわ」

「はい! お待ちしております」

 今日の通常ディナーは、夏樹が担当したお客様が最後だった。丁寧に見送りをしたあと出入り口にCLOSEの札を掛け、夏樹は両手で頬をパンッと叩いて気合いを入れ直し、意気揚々とまた厨房へと向かう。

「さーてと、もう1回、頑張らなきゃならないなー」

 言葉とは裏腹に夏樹の顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「ご苦労様、最後のお客様が帰られたんだね」

 先に厨房にいたシュウが、前菜の用意をはじめつつ声をかけた。

「お疲れ。ま、肉料理はデザートの前だから、じっくり時間を掛けても大丈夫だよ」

 冬里もとりあえずエール? を送る。

「はい、大丈夫です」

 嬉しそうに答えた夏樹の声にかぶって、カタン、と音がした。


 見ると、今し方閉じたはずの出入り口のドアが細く開き、きちんと封をされた手紙が1枚舞い込んできた。それは風もないのにクルクルと舞いながらシュウの手元に飛んでくる。

 無言でそれを受け取ると、シュウは丁寧に封を切り、中から1枚のカードを取り出した。

「誰? 」

「サンディからだよ。今日は残念ながらどうしても都合がつけられなかったようだね」

 カードに目を通してそう言うと、冬里に渡す。

「ホントだ。でも、お茶目な彼の事だから…。ほいっと」

 冬里はあろう事かそのカードを真ん中からピリピリと破り、空に投げ上げる。

 すると…。

 切れ目から光が漏れ出し、同時に軽快な音楽が鳴りはじめた。やがてそれらはヒラヒラと店の窓際に添って飛び回る。不思議なことにカードがくるん、と一回転すると、窓にきらびやかな飾りが施されていくのだ。

「うわ、豪華っすね」

 手を止めることなく夏樹が嬉しそうに言う。

「サンディやるじゃない。パーティの飾り付けと、外からの目隠しってところかな? 」

「そうだね。またお礼をしなくては」

「じゃあ、今年もサンタさんの休憩所に立候補する? 」

「それも一案だね」

「賛成っす! 」


 カードによる飾り付けが終わると同時に、裏階段へ続くドアが開いた。

 そちらを見やると、「いいタイミングだな」と言いながら樫村が入ってくる。

「最初のゲストが到着したようだぜ」

 その言葉とほぼ同時に、

 スガガガーーーン! 

 と、暖炉からものすごい音がして、噴煙が上がる。

 こんな登場の仕方をする人物は、1人しかいないだろう。

「よう、久しぶりだな」

 やはりヤオヨロズが暖炉の前に立っていた。もちろん、破壊された暖炉はキレイに元に戻っている。

 けれど以前と違うのは、隣に2人、人が立っていることだ。

「まあ、ここが冬里たちのお店? 」

 1人はニチリンだった。今日は彼女もゲストとして招かれていたのだ。

 そして、もう1人は…。

「あなたは」

 シュウが声をかけると、その人はニッコリ微笑んで軽く頭を下げた。

「お久しぶりです。その節はお世話になりました」

 以前、ヤオヨロズに頼まれて、架空の喫茶店でカレーを振る舞ったときに知り合った、風神さんだった。

「いつかお伺いしますと言いながら、なかなか来る機会がなくて。今日のことをヤオから偶然聞いて、急遽メンバーに入れてもらいました」

「はい、よくお越し下さいました。今日は楽しんで下さいね」

 すると、それまで黙って2人の話を聞いていた夏樹がちょっとワクワクした様子でシュウに聞いた。

「えっと、シュウさんの知り合いっすか。良かったら俺にも紹介して下さい」

「ああ、こちらはヤオヨロズさんのお知り合いで、風をあやつられる…、お名前は」

「風神でいいですよ」

「わかりました。風神さんだよ。それから、こちらが」

 と、今度は夏樹を手で示して言う。

「うちの優秀な料理人で、朝倉 夏樹と言います」

 優秀な、と言われて少し、いや、かなり驚いた様子の夏樹だったが、ふいっと嬉しそうに笑顔になり、

「朝倉 夏樹です。よろしくお願いします! 」

 と自己紹介をしてペコリと頭を下げた。

 風神さんもそれに倣ってぺこんと頭を下げる。

「こちらこそよろしく。今日は楽しみにしています」

「はい! 」


 その横では、樫村とヤオヨロズがガッチリと握手とハグをして、再会を喜び合っている。

「元気そうじゃないか、ハル。引退なんざしなくてもいいのによ」

「まあ、そういうわけにもいかないだろ」

 ニヤリと微笑み合う2人。

 ヤオヨロズだって当然わかってはいるのだ。百年人が大多数の今の世界では、彼らのように人生のスパンが長いものたちは、その折々で人生のプリズムを変え続けて行かねばならない。けれど、彼らにとってそれは、特に厳しいものでも苦しいものでもないのだが。

 樫村はそのあと、こちらも再会を祝すべくニチリンの手を取って甲に唇をあてた。

「ニチリンも久しぶりだな。ヤオのお守りはどうだ? 」

「うーん、大変よお」

 などと言うが、その言葉とは裏腹にニチリンは楽しそうに笑っている。

「でもまあ誰とは言わないけど、破天荒ちゃんとセットの時と比べたら、すーっごく楽だわよ」

「破天荒ちゃんなんてひどくなーい、ニチリン? 」

 すると、いつの間にやって来たのか、冬里がニチリンの後ろから彼女の肩に顎を乗せて言う。

「あら、冬里の事だなんて、ひとことも言ってないわよ? 」

 そちらに首をかしげて冬里の頭をガシガシしながら、ニチリンがすまして言った。



 あちこちで色んな会話が飛び交う中、またカラン、とドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

 いち早くそれに気づいたシュウが声をかけた。

「こんばんは。今日はお招きありがとうね」

 入ってきたのは、あやねのおばあちゃん、志水しみずだった。

 そして彼女に影のようにつきそう、と言うか本当に影そのものの紳士。

「いやいや、私にまで声を掛けて頂いて、恐縮ですな」

 こちらはあやねのおじいちゃん、今は亡き弦二郎げんじろうさんだ。

 シュウが2人を迎えるために厨房を出ようとするのを、「俺が行きます」と言って、夏樹が元気よく飛んで行く。

「うっわー、弦二郎さん! お久しぶりです。志水さんもようこそ」

「おお、夏樹くん。相変わらず美青年ですな」

「そしていつも元気を下さるわ」

 2人の言葉に、照れながらも嬉しそうな夏樹だ。


 さて、最後に登場したのは。

「良い作りになってるわね。でも、あの規則性のないソファたち。シュウったら、おもいっきり響子きょうこの店を意識してる? 」

 控えめなドアベルの音とともに入ってきたのは、ネコ子を抱いて店を興味津々な様子で眺めている依子よりこだった。

「依子さん! 」

 夏樹は嬉しそう。

 冬里はゲッと言う顔。

 そんな2人を可笑しそうに見つつ、シュウが厨房から声をかける。

「いらっしゃいませ、依子さん。これでゲストはすべてお揃いになりましたね」

「はい! 久々の変則シチュエーションディナー、開幕です! 」

 夏樹の元気良い宣誓とともに、ミッドナイト・ディナーがはじまったのだった。




「ふぅ」

 夏樹が、メインの肉料理をサーブしたあと、ほとんどわからないようなため息をつく。

「よく頑張ったね」

 シュウが後ろを通りざま、こちらもほとんど聞こえない程の音量で声を掛けた。夏樹は少し目を見張りつつも、振り返るのをなんとかこらえていた。

 けれど顔がにやつくのはどうにも抑えられないようだ。

 心優しきゲストたちは、そんな夏樹に気がついているのだが、皆、何も言わずに料理を堪能する。

「うーん。さすがはシュウに褒められるだけあるな、こいつは美味いぞ! 」

「ちょっと、ヤオヨロズ」

 嘘がつけないヤオヨロズが思わず言ってしまったセリフに、あきれて言うニチリン。

「ん? あ、そうか、しまった! 」

「まーったく、さすがは皆の心遣いを無にする男、無骨者ヤオ、だね」

「なんだと! おいコラ冬里! 」

「2人ともやめなさい」

 ギリギリと睨みつけるヤオヨロズと、素知らぬ顔の冬里の間に入って注意するニチリン。

「いや、こいつが。…あー、わかったよ、すまん」

「ごめーんね」

 微笑んではいるが、放っておくとブリザードになりそうな雰囲気のニチリンに、2人は素直に謝った。

「なるほど」

 樫村は笑って頷きながら、きっと当時は毎日こんなだったんだろうな、と、その昔に思いをはせるのだった。

 で、当の夏樹はと言えば。

「あ、すんません。なんか気を遣わせちまった。でも俺なら大丈夫っすよ。っていうより、シュウさんに褒められるなんて思いも寄らなかったから」

 と、バレたとたん、思いっきり相好を崩すのだった。

「まあまあ、本当に貴方たちは仲良しね」

「そして、えもいわれぬ良い雰囲気をかもし出しておりますな」

 そんな彼らを眺めつつ、滝ノ上夫妻は年の功らしくほのぼのとそんな言葉を交わしている。とはいえ、このメンバーの中ではこの夫婦が一番若いはずだ。


 なごやかで、楽しいディナーのひととき。

 やがて、最後のデザートがシュウの手によって配られる。

「あら、鞍馬さんにしては珍しく、見た目がとてもシンプルなスイーツね」

「うむ、シンプルと言うより、質素だ。まったく地味だ」

「もう、ヤオ、いい加減にしなさい」

「でも本当の事よ。なんかシュウっぽくない」

 皆が好きなことを言っているが、シュウはそんな感想にはお構いなく淡々とサーブを続けている。

「お待たせしました、どうぞお召し上がり下さい」

 そのひとことで、ゲストたちは見た目地味なスイーツを口に運んだ。


「! 」

「ウヌ! 」

「え? 」

「ほお」

「まあ」

「…」

 途端に全員がフリーズした。

 シンプルで土のような色のそのスイーツを口にした途端、彼らのまわりに、虹のような花畑が広がっていった。

 口の中にも、まるで虹かと思うようなさまざまな味覚が広がる。それらはお互いを邪魔することもなく、打ち消し合うこともない。

「ふふ、シュウってば、やってくれるじゃない。本当に貴方は底知れないんだから」

「ううー! 感動したぞ、クラマ! 」

「話には聞いていましたが。…これは、なんというか凄いですね」

 しばらくして、さまざまな感想が繰り出される中、テーブルの後ろから、ものすごくキラキラしたオーラが漏れ出してきた。

 樫村がそちら見やると、夏樹が目を輝かせつつ、うらやましそうにシュウのスイーツを穴の開くほど眺めている。樫村は可笑しくなってチョイとその腕をつついた。

「あ、ハル。はい、なんすか? 」

「天井に何か…」

 樫村がそう言いながら上を指さす。つられて上を向いた夏樹の、ポカンと開いた口に、彼はひょいとスイーツを押し込んだ。

「うぐ、ムム、何するんすか、ハ・ル…」

 口の中のものをゴクンと飲み込んだ夏樹の頬にパアッと赤みが差し、ホワンと幸せそうになる。だが、しばらくすると、夏樹は少しすねたように言った。

「なんなんすか、これ。…ずるいっす」

「なーに? そんなに凄いの? どれ」

 と、冬里がヤオヨロズの皿から切れ端をつまんで口に入れた。

「おわ! 冬里ィ! 」

「…」

 いつもなら言い返す冬里も、さすがに今日は驚いたらしい。

「ふうん。夏樹の言い分、わかるよ」

 冬里はいつもより綺麗に微笑みつつ、夏樹の頭をくしゃっとなでた。そして耳元でこそっとささやいた。

「シュウはさ、得体の知れない情熱をあのポーカーフェイスに隠してるんだから」



「今日はどうもありがとう」

「いやあ、また志水さんとラヴラヴできて幸せです」

 家まで送ります、と言うシュウの言葉を軽くいなして、志水さんは見えるはずのないご主人と腕を組み、本当に嬉しそうに帰って行った。


「どれもこれも美味かったぞ。世話になった」

「楽しかったしすっごく美味しかったわ。また京都にもいらっしゃいね」

「本当に皆さん素晴らしい料理人ですね」

 ヤオヨロズとニチリン、そして風神さんも嬉しい感想を述べてくれる。そして来たときと同じように、また暖炉を破壊して帰って行った(もちろん元に戻すのも忘れずに)


 最後に残ったのは。

「依子も帰る時間だよー」

「あら、ひどい。妙齢の乙女をこんな時間に放り出すつもり? 」

「誰が」

 相変わらずチクチクとしたやり取りをするのは、冬里と依子。

「由利香さんのお部屋が開いてるでしょ」

「ざーんねんでした。今回はハルが使ってるよ」

「そうだったー、やだー」

 そんな2人の間に入って苦笑しつつシュウが言う。

「依子さんは私の部屋を使って下さい」

「あら? そんなわけには行かないわよ。いいわよ私はここで」

 すると、シュウはふっと微笑む。

「いいえ、妙齢の乙女をこんな所でお休みさせる訳にはいきませんから」

 その言葉に、依子はパアッと顔を輝かせる。

「さっすがシュウ! 聞いた今の。誰かさんとは大違いよ」

「シュウってば、相変わらずお人好しなんだから」

 どうやら譲り合うことのない会話の合間から、くかー、と寝息が聞こえる。

 頑張った夏樹が、こらえきれずにコテンと寝てしまっていた。

「あーあ、1人幸せそう。だったらさ。夏樹をここにほっぽって、シュウが夏樹の部屋で寝れば? 」

 と、冬里が提案するが、シュウは首を横に振る。

「いや、それは出来ないよ」

 そして、目覚めそうにない夏樹を部屋へ運ぼうとシュウがソファへ歩み寄ったのだが。

「ふわーあ。僕も眠くなっちゃった。いーよ、シュウ。僕が部屋へ連れてくよ」

 なんと冬里は自分より大柄の夏樹を、ひょいと肩に担いで! 夏樹の部屋へと消える。


「ふふ、冬里も夏樹も相変わらず」

 楽しそうに笑う依子に、曖昧な微笑みを返してシュウが立ち上がる。

「では部屋を整えてきます」

「ありがと」

 肩をすくめてソファに深く座り直す依子の前で、樫村がネコ子と戯れていた。

「今日はありがとうな」

「いえいえ、どう致しまして。でも、由利香さんに会えなかったのが残念」

「だよな」

「でも、また来る楽しみがあるってものよ」

「ああ、そうだな」

「でもハルとはしばらく会えないわね。寂しーい」

「全然気持ちが入ってないぞ」

「ふふ」

 ネコ子のシッポがくるん、とまわって、同時に夏樹の部屋から冬里が、そしてそのあとにシュウが自分の部屋から出てくるのが見えた。

「お待たせしました」

「ありがとう。じゃあ、お肌に悪いから私は先に休むわね」

 依子が立ち上がると、自分の部屋へ行きながら、また冬里が口を挟む。

「この時間じゃ、もうお肌も回復しなーいよ」

「こら、冬里」

 ニッコリ笑った冬里が、「お休み」とドアを閉めた。

 依子は肩をすくめて微笑んだあと、残る2人に声をかける。

「まったく…。じゃあ、お休みなさーい」

「おやすみなさい」

「ああ、お休み」


 依子が行ってしまうと、樫村はウーンと身体を伸ばしてシュウに聞く。

「さーて俺も寝るとするか。シュウは? 」

 ソファの後ろに立っていたシュウは、立ち上がった樫村と入れ替わりに、ネコ子のそばへ腰を下ろした。

「私はもう少し…」

 そんな風に言いつつ、ネコ子の頭をなでる。

「そうか、今日はありがとう」

「いいえ」

 フッと微笑んだ樫村が、元、由利香の部屋へ入ってしまうと、リビングは静寂に包まれた。せっかく座ったばかりだったが、シュウは立ち上がると壁際のスイッチを調整して、部屋の明かりを少し落とす。



「さて、今日はあまりお話しできませんでしたので」

「にゃーおん」

 再びネコ子の横に座ると、くるん、くるん、とシッポを振るネコ子とシュウが、言葉なく何かを語りあいはじめる。

 深夜になってようやく天高く昇った月が、静かに彼らの姿を眺めていた。



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