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第2話 ハルが来た! 


 由利香と椿の別居騒動? からひと月ほどすぎたある日。


 由利香、椿、夏樹の3人が、揃って国際線の到着ロビーにいた。

「あーあ、まだっすかねー」

「待ってるときは、なかなか時間が過ぎないもんだよ」

「さっすが椿。いいこと言うわねー、夏樹も見習いなさい」

 由利香が満面の笑顔で言うと、夏樹はブスッと唇をとがらせる。

「はいはいー。由利香さんは椿が言えば、何でもいいんですよねー。やってらんないっす」

「なによ! 」

 いつもならパシッと手が出るのだが、今日は間に椿が座っているのでそれもままならず。由利香は、こちらもプウッとふくれながら、椅子に深く座り直した。


 と、ちょうどロンドンからの便が到着したとアナウンスが入る。

「おし! 待ってましたー。さ、行こうぜ」

 夏樹は勢いよく椅子から立ち上がり、2人に声を掛けると軽い足取りで到着口へと向かうのだった。



 少しばかり時間が戻って。

 『はるぶすと』の2階で、仲直りどころかプロポーズまではたした椿だったが、なんとそのあと、椿がその場でシュウたちを証人に、ささやかな結婚式を挙げたいと提案してきた。

「ええー?! そんなんでいいのかよー? 由利香さんも?! 」

 驚く夏樹に少し苦笑いしたあと、椿が言った。

「ちょうど指輪もあるし」

「でもだからって」

 まだ言いたいことがありそうな夏樹の言葉をさえぎって、由利香が言った。

「私はそれで、ううん、っていうより、それがいい」

「へ? 」

「もともと親戚縁者向けの式や披露宴はしないつもりだったし、椿の方もそれでいいって言ってくれたし。で、この前のことでわかったんだけど、会社向けの披露パーティだけでもって思ってたけど、それだってどれくらいの人が本当に祝福してくれるのかわからないし。だったら、今ここで、本当にお祝いしてくれるあなたたちの前で誓いを立てたほうが、うーんと幸せになるわ」

 そう言って、ちょっといたずらっぽく由利香は3人に笑いかけた。


 そんなことを言う由利香を、興味深そうに眺めて冬里が言った。

「由利香も大人になったんだねえ。うん、いいんじゃない? その通り、僕たちの前で結婚したら、宇宙一幸せになるのは間違いないもんね」

 ニッコリ微笑む冬里を見ながら、確認するように静かにシュウが聞いた。

「それでよろしいのですね」

「俺はいいです。ただ、由利香のウエディングドレス姿を見られないのが、それが心残りかな」

「え? えーと。それなら大丈夫よ。どっちにしても二人の両親に報告に行かなきゃならないでしょう? だったらイギリスでいっぱい着る羽目になるわ。ああ~出来れば行きたくない」

「???」

 頭を抱える由利香に、四人が本当に不思議そうな顔をするので、彼女は仕方なく説明する。

「連絡した途端に、うちの母親、ブライダル会社調べてあちこち予約しまくってると思うの。記念撮影用にって、ドレスを何着も…、ああ、目に見えそうだわ」

「え? でも由利香、式も披露宴もしないって」

「それはホント。婚約したときに式も披露宴もしないって宣言したから、親戚縁者は大丈夫なんだけどね。うちのma'amって、なぜか私が結婚するって言ってから、私にウエディングドレスを着せることに命かけはじめて。だーかーらーこう言うのよ。やっぱりこっちで4人だけでいいから式はしてね、お父さんのためよ! お父さんにウエディングドレス姿を見せてあげたくないのーって、痛いところを突いてくるんだもん。本当は自分が着せたいだけなのにね。もう、たまったもんじゃないわ! 」

 プン、と怒り出す由利香を可笑しそうに眺めてなだめる椿。

「ハハ、お義母さんらしい。でも、俺も由利香のドレス姿が見たいから、願ったりだな。すごく、綺麗だろうな」

「…椿」

 照れたように言う椿に、由利香の瞳が揺れ出したところで、コホン、と咳払いが聞こえる。

「おふたりともその辺で。日付が変わってしまいますから、その前に誓いを立てられた方が良いのでは? 」

 あ、と時計を見て、慌てて居住まいを正したあと、椿から託された指輪を持つシュウの前に進み出る2人だった。



 こんな経緯を経て、由利香と椿は晴れて夫婦となった。とはいえ、実際に婚姻届を提出したのはまた後日のはなし。そのあと会社には結婚の報告だけ済ませて、ちょうど繁忙期が過ぎたところで、新婚旅行と銘打ってそれぞれの両親に報告しに行くことにしたのだ。


 由利香と椿は、夜に出発するシンガポール行きの便に乗ることになっている。それが、たまたま樫村がやって来る日にちと重なったのだ。

 到着口から出てきた樫村に、今回も3人が競うように近づいたあと、由利香がこぼす。

「もうー、どうして樫村さんと入れ替わりになっちゃうの? どうせならイギリスでのお式に参加してほしかったー」

「ああ、悪いな。こっちにも色々都合があってな。だがここで会えて良かったじゃないか」

「…はい」

 しぶしぶながらも、樫村にそう言われると納得するしかない由利香だった。

 もちろんその裏では、シュウから連絡を受けた樫村が、わざと2人が日本を離れる時期を選んだのは言うまでもない。


 春夏秋冬の千年人とそれを知る百年人。

 その5人は、まだ一同に揃う時期ではなさそうだ。




「たっだいまー」

 夏樹の嬉しそうな声のあとに、階段を軽やかに上がってくる音がする。

 開けられたリビングのドアから入ってきたのは、樫村とその後ろにスーツケースを持った夏樹だった。

「遠路はるばるようこそ、ハル。夏樹もご苦労様」

「ハル、久しぶり」

 キッチンからはシュウが、そしてリビングのソファから立ち上がって冬里が言う。

「おう。皆、元気そうだな」

「荷物はとりあえず、元、由利香さんの部屋に運んどきますねー」

 スーツケースを器用に転がしながら、もとは由利香の部屋だった洋室へと向かう夏樹。

「そうか、どれ、ちょっと見せてもらおうかな、由利香の部屋だったところを」

「そうはって言っても、もうほとんど荷物は残ってないよ」

 可笑しそうにしながら、なぜか冬里まであとをついて行く。

 シュウは、ゾロゾロとリビングを出て行く一行に微笑みを向けながら、湯を沸かしはじめた。


「で?で? 今回はどのくらいこっちにいるんすか? 」

 戻ってきた3人をソファに案内すると、シュウは香り高い紅茶を運んでくる。それを配る手伝いをしながら、夏樹は早速樫村に聞いている。

「ああ。由利香たちの旅行は確か2週間って言ってたな」

「はい」

「だったら、俺も2週間はいられるって事だ」

「そんなに長いこといられるんすか? いやったー! 」

「と、言いたいところだが」

 嬉しそうに上げた右手もそのままに、「へ? 」と夏樹が言う。

「2人がイギリスにいる間に、相談したいことがあってな。だからこちらにいるのは10日ほどになるな」

「そうっすか」

 手をゆるゆると降ろしながら、夏樹は少しショボンとしていたが、すぐに気を取り直して言う。

「でも! 4人が揃うなんて、そう言えば初めてなんじゃないっすか? だったら、うーんと楽しみましょうよ」

「そうだな」

「それで、早速明日は定休日なんだよねー。なにしようかな? 」

「うわっ、そうっすね。どうしましょう、どうしましょう? ねえ、シュウさん~」

「私に言われても…」

 焦る夏樹とは対照的に、静かに苦笑しつつシュウが答える。

 そんな2人を面白そうに見ていた樫村が、思いも寄らない提案をしてきた。

「あの、なんとか言う遊園地へ行くって言うのはどうだ? 」

「遊園地? 」

「ああ、由利香が椿にプロポーズしたっていう伝説の」

「あ! フェアリーワールド! 」

 夏樹がパチンと指を鳴らして言ったあと、不思議そうに言葉を続ける。

「でもハル兄、テーマパークなんて興味あるんすか? なんかイメージと違う…」

「失礼な奴だな。俺だって楽しいところは大好きだぜ」

「うへ、すんません」

 笑いながらデコピンをしようとする樫村の攻撃を上手くかわして夏樹が頭を下げた。

「じゃあ、決まりだね。明日はフェアリーワールドに」

「行きましょう! 」



 翌日。

 日曜日は空模様が思わしくなく、などと言っていた天気予報を吹き飛ばす勢いで、雲ひとつ…くらいはあるが、素晴らしい青空が広がっている。

「さっすがハル兄、お天気まで味方っすよー」

 助手席からガバッと後ろを振り向いて、嬉しそうに夏樹が言う。

「ハルだけの力じゃないでしょ」

「あ、そうっすね。冬里も晴れ男、でしたっけ? 」

「ううん」

 ニッコリ笑ってきっぱり否定する冬里に、ガックリと肩を落とす夏樹。そんな2人に苦笑しながらも、シュウは順調に車を走らせていく。

 いつもの事ながら、湾岸線は彼らに道を空けてくれているかのようにすいている。そのため、予定よりもずいぶん早く、彼らは現地に到着した。

 駐車場もまだかなりすいている。言うなら止め放題。だが、樫村はなぜか入り口から一番離れたエリアの、一番端に止めるようシュウに言った。

「ええー? なんでですか、ハル兄。こんなにすいてるのに」

 夏樹は文句を言うが、シュウは黙って樫村の指示したところへと車を走らせた。

「まあいいじゃないか。急ぐ旅でもなし」

 と、樫村は楽しそうに入り口へと歩き出した。

 駐車場には次々車が入ってくる。樫村はその1台1台に丁寧に目を走らせて、止める位置や降りてくる人の構成を眺めている。

「何してるんすか? 」

「ああ、うん? いや、何でもない。さ、行くぞ」

 と言って歩き出したが、やはりやって来る車を見るのに余念がない。夏樹は不思議そうにしながらも、入場ゲートが見えると、もう気持ちはフェアリー! になるのだった。


 由利香から受け継いだ秘策の教え? を守り、夏樹は驚くべき効率の良さで、次々アトラクションを制覇していく。

「おっし、お次はこれ! って、え? ハル兄とシュウさんは? 」

「あそこだよ」

 冬里が指さす先には、通りを見ながら何やら話し込む樫村とシュウがいた。

 樫村は夏樹が嬉しそうに案内するアトラクションをとても楽しんでいる。シュウのように顔色ひとつ変えないと言うこともなく、それなりに「ヒュウー」などと言いながら。

 だが、駐車場から始まって、入場ゲートもそう、そして次のアトラクションに移動する際にも、行き交う人々や通りの様子を丹念に眺めては、しばしば立ち止まったりするのだった。

「もう! シュウさんまで。昼飯までにひととおり回ろうと思ってたのに」

 と、今日ばかりは憤慨しながら2人の所へ向かおうとした夏樹を、冬里がさえぎる。

「まあまあ、いいんじゃない? あの2人は大人だから。大人には大人の楽しみ方があるんだよ」

 そんな風に言われて、自分が子ども扱いされたように思った夏樹は、ぷうーっと唇をとがらせる。

「どうせ俺は子どもですよ」

「うん、僕もね」

「へ? 」

 冬里がニッコリして言うと、夏樹はなぜかポカンとしたあと、いぶかしげに言う。

「またからかってます? 」

「なんで僕が夏樹をからかうの? 」

「って、いつもからかわれてばっかりだから。でも、冬里ってお子ちゃまだったんすかー? 」

「そうだよ。だからこんなに人生楽しいんだよ。今まで知らなかったの? 」

「はあ…」

 なんだか上手くはぐらかされた感じはあるが、夏樹は自分だけが子どもだと言われたわけではなかったのが意味もなく嬉しくて、素直にその場で2人を待つ事にした。



 同じ頃、大人2人の会話はと言うと。

「なあ、シュウ。お前はここに何度か来たことがあるから聞くが、以前と比べてどうだ?特に賑わい具合」

「そうですね…。日曜日でご家族で楽しまれている方が多いのは当たり前ですが」

「うん」

「若い方が少なくなっているような気がします」

「やはりな」

 なんと2人は頼まれてもいないし、仕事でもないのに、まるで覆面調査のようなリサーチをしているのだ。シュウも初めは、人並みや通りを真剣に眺める樫村の意図がわからなかったのだが、今の質問で樫村が何を考えているのかが飲み込めた。

 あらゆる企業の相談を受ける樫村は、こういったテーマパークも手がけたことがあるのだろう。それにしても、初めて訪れた所の入場者数が減少傾向にあることや、世代の偏りにすぐに気づくのが、樫村の樫村たるところだろう。

「うーん、そうだな。夜まで見てみなきゃわからないが、家族連れに絞ったやり方はどうもな。出来れば若い世代にも…」

 そう言ってあれこれ考えを巡らせはじめる樫村。シュウはそんな樫村をみて、ふっと小さく微笑む。

「どうした? 」

「いえ。やはりハルですね。そうやっていると、夏樹が料理のことを考えている時のようです」

「どういう意味だろうなあ」

 樫村はわかっているのにあえて質問する。

 樫村という千年人は、人が1人1人持っている特性や資質をうまく見つけ出し、進むべき方向性を本人が気づくように仕向けていく。強制するのではなく本人が気づくのを我慢強く見守るのだ。そしてそれは、人だけではなく、形在るものに対して。

「ハルはハルです」

「ハハハ、そうか。…で、ここの経営は。あ、あそこか。じゃあここへ来たのも何かの縁だ。早いうちに手を打てと提言しておくかな」

「はい。まだまだ私もフェアリーワールドを楽しみたいので。ぜひお願いします」

 顔の広い樫村は、ここの上層部にも知り合いがいるらしい。

「それと、いちど自分の目で見てみろと言っておくか。1日いればばきっと弱点がわかる奴だからな」

「はい」



 そんな大人な会話が終わったところで、夏樹はお勧めのレストランへと彼らを案内する。ここはランチを取りながらエンターテインメントショーが見られるのだ。

 だがここでも、ショーを楽しむ合間に、周りにいる客層に対して鋭く質問する樫村と、それに真面目に答えるシュウがいた。


 夏樹が小声で「またですよ」と言い出すと、冬里がニッコリと関係のない話しをし出す。

「ねえ、今いる地球の1年にはさ、春と秋の2回、昼と夜の長さがピッタリ同じ日があるよね? 」

「へ? はい。えっと、確か日本には独特の言い方がありましたよね」

「そ、日本で言う春分の日と秋分の日。でね、あの2人はなんで春と秋っていう名前を持っているんだろうね。僕が思うには、その名を持っているのは、規律を重んじたり、きっちりピッタリ物事をまわす生真面目さで2人は出来ているから。けど、これって夏樹、どう? 」

「どうってあらためて言われると…。けど、失礼を承知で言えば、面白味に欠けるっていうか」

 夏樹の意見に、冬里はひとつ頷いてまた話を続ける。

「そう、面白くないよねー。だから僕たちがいるんだよ」

「はあ? 」

「ふふ、訳がわかりませーんて顔。あのさ、僕たちは、夏のように熱くなって彼らにゆさぶりをかけたり、冬のようなブリザードで彼らを凍り付かせたりして、真面目一辺倒の白い世界に色をつけてるんだよねーきっと。でね、最終的に僕たちは4人でそうやってバランスをとっているんじゃないかな」

「バランス、ですか」

「そ、真面目ばっかりでも、ふざけてばっかりでも、この世界は成り立たないと思わない? 」

「はい」

「だからさ、季節の春夏秋冬は巡りながら、僕たちは存在することによってバランスを保っているんじゃない? 」

 神妙な顔の夏樹に、冬里が話を続ける。

「だから夏樹も、なんで俺はシュウさんに甘えてばっかりなんだーとか、無理難題を押しつけてばっかりなんだー、とか悩まなくていいんだよ」

「いや、無理難題を押しつけてるのは、冬里の方じゃ…」

「なーに? 」

 ニーッコリと氷のような微笑みを向ける冬里に、「いや、なんでもないっす! 」と慌てて夏樹は手を振った。

「けれど、そこに由利香っていう未知の一石が投じられたらどうなるか。これは誰にもわからないよね。もしかしたら、なーんにもないかもしれないし。だから、ハルが僕たちを合わせないのは、この世界がまだ5人が会うことを許していないってことかな。ちょっと話がそれちゃったね」

 そう言って、綺麗に笑う冬里に曖昧に微笑み返しながら、夏樹は、自分たちの存在をそんな風に見ている冬里に底知れなさを感じつつ、会話を終えて再びショーを楽しみだした樫村とシュウに目を戻すのだった。



「今はまだ」

「なーんにもないっすね…」

 最後に4人は、その時期になればクリスマスツリーが飾られる伝説の場所へとやって来た。

 ただ。

 季節外れのこの時期は、だだっ広い敷地があるだけ。

「ま、そのうちクリスマスにも来るさ」

「極秘で、だよね? 」

「ああ、誰だかわからないように、変装してこなくちゃならないな」

「うわっ、だったら俺もコスプレして来ます! 」

 妙に張り切る夏樹に、

「ただの変装だ」

 と、釘を刺して皆を笑わせる樫村がいた。



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