旅立ち
白、それは何者にも染められる可能性を満ちた色。
そして黒は反対に、もう何者にも染められることのない色。
けれども彼は白く、どこまでも白く染め上げられたかった。
朝、それは太陽が昇る爽やかな時間である。
我々の種族、吸血鬼は本来夜の時間に活動し日の当たる場所を好まない種族なのだが、僕だけはどうも違うらしい。
現にこうやって太陽と共に起き、朝日が照らす窓辺に座り優雅にモーニングタイムを過ごしている。
と、言ってもやはり自分が淹れる珈琲はとても不味い、朝食のブレッドに合いそうにない。
やはり彼女を起こすべきか……僕は腰を上げ、居間から退出し彼女の部屋へ向かう。
僕の専属メイドのアルルの部屋へ。
コンコンッ コンコンッ
ドアを数回ノックする、が反応はない。
当たり前だ、彼女は淫魔の一族……つまり吸血鬼と同じく夜の時間に生きる者なのだから。
しかし、起きてもらわなければ僕の優雅なティータイムは送れない。
彼女が淹れる珈琲と焼きたてのブレッドがあってこその時間なのだ。
「入るぞー」
起きてないと分かっていながら了承を得ようと声を掛ける、無論返事はない。
ギィと音をたて、木製の古めかしいドアを開ける。
中に入ると一つのベッドと固くカーテンと遮光のためにシャッターが閉められた窓、質素な机と椅
子、タンスが二棹ほどあるだけの見慣れた景色があり、ベッドでは寝息をたて気持ち良さげに寝ている長髪のメイドが居た。
「起きろ、朝御飯の時間だぞ」
肩を掴み、ゆさゆさと揺らしてやると、可愛らしい顔を少しだけ歪め起きることに抵抗しようとしている、さっさと起きろこのメイド。
「なんですかぁ……もう」
何度か揺らしてやるとようやく目覚めたのか、目元を擦りながら近くにある時計を取り、時間を確認する。
もう朝の九時だぞ、朝御飯の時間にしては遅刻だ。
「ってまだ朝じゃないですか、夜まで寝かせてくださいよ」
そうアルルは言い、再び床に入ろうとする、そうはさせんそうはさせんぞ。
「この不健康者め!この清々しい早朝に起きないでいつ起きると言うんだ!」
掛け布団を剥ぎ取り叫ぶ、近所迷惑なんて考えない。そもそも近所に住んでるやつらはいない。
「あ~布団が~」
恨めしそうに僕のほうに手を伸ばすが、届かせないことに観念したのかベッドから降り溜め息をつき、部屋の外へと向かう。
そうだ!それでいいのだ駄メイドめ!
駄メイドに続き、僕も部屋を出ようとしたが、ドアを目前とした所で一匹の蝙蝠が僕の頭に激突してしまい、尻餅をついてしまった。
「いてて……レサ!ゆっくり慌てずに飛べと何度言ったら分かるんだ!」
ぶつかってきたのは、毎晩僕の家がある―この辺境の地にそびえ立つルノア山と中央大陸にある魔王城を行ったり来たりし僕の状態を魔王(親父)に報告したり、あちらの伝書を持ってきてくれる有能な使い魔だ。
「っと今日の分の指示書を持ってきてくれたのか、ありがたいが今度からはぶつからないでくれよ」
レサを片手で撫でながら、片手で紐をほどき書を開く。
そこにはにわかに信じられないことが書かれていた。
「アルルっ!大変だ!魔王が!」
勢いよく居間のドアを開き僕は声を荒げる。
しかしアルルは特に動揺もせず、僕が伝書を読んでるうちに淹れ終わったであろう珈琲を静かに上品に嗜んでいた。
「なんです?シャウラ様。そんなに慌てて。あっもしかしてお宝本が無くなったとかです?」
「貴様の部屋に居たのにそんなわけがあるか!それにそのような本は僕に必要ない!」
「えっ……それはそれで心配ですね……私の魔術、使いましょうか?」
「いらん!大体貴様の術はそこまで便利なもんじゃないだろうが!」
「いえいえシャウラ様。私の魔術ならば欲を取り戻すくらい朝飯前です、今は朝飯中ですが」
美味いこと言ったつもりなのかこの駄メイドは淫魔らしいその豊満な胸を誇らしげに張る、そんなに美味くないぞ、朝飯は美味いが。
「無いわけではないわ!阿呆!……っとそれより本題だ本題。レサから今日の伝書を預かったのだが――どうやら魔王が殺されたらしい。」
その言葉を聞いて、それでもアルルは動揺をせず自慢話や与太話を聞くかのように溜め息をつきつつこちらのほうに顔を向ける。
「で、それがどうか……あぁやっとこの山から出られる、そう言いたいのですね。」
「つまりはそういうことだ、いやあ長かったな。クソみてえな修行(笑)の時間もこれで終いだ。」
親の死に悲しんだり心が痛んだりはしない、それが悪魔。
そもそも父親が魔王である以上反逆、謀反、下克上のリスクしかない、いつ殺されるかわからない時点で同情も余地もない、むしろ死んでくれてありがたい。
そもそも僕達がいるルノア山に修行とかぬかして飛ばしやがったやつのことなんざ知ったことじゃない。
「んじゃ、魔王を殺ったやつの面でも見に行くか」
吸血鬼御用達のマントを羽織り、移動のための龍を喚ぶ召喚術を唱える。
多少魔力は喰うが、魔王城までの最短距離を行くためには空路しかない。
陸路は軽い渦巻き状の大陸をぐるっと回らないといけないし、海路は陸最大の生物である龍を遥かに凌ぐ大きさの海獣がうじゃうじゃといる、とてもじゃないがこの二つの選択肢は極力取りたくない。
「少々お待ち下さいませ、日傘を取って参ります。」
軽くお辞儀をし、アルルは自室へと向かう。
時刻は朝、つまり日傘を使って少しでも日光を遮断しないと耐性のない者は干からびしてしまう。
「早くしろよー」
居間のドアを少し開け、アルルの部屋に向かって呼び掛ける。
何気なくそちらを見ていたが、廊下に何か光るものが落ちていることに気がついた。
先程レサとぶつかったときにボタンでも外れたのだろうか……と思い近付いてみると
そこにあったのはそこに落ちていたのはネジだった。
「ん?なんでネジがこんなところに……?魔銃に使うやつでもなさそうだし……まぁいっか」
好奇心は猫をも殺す……そんな諺すらも思いだすほど僕はこの山を出るのが楽しみだった。