猪口齢糖かぶぶ漬か3
「今日はバレンタインですよね。だから、ホットチョコレートをもらって告白しようって決めてたんです」
宿酔の口調は決意に満ちている。
「体がきついときに休ませてくれたりお茶を淹れてくれたりして、ほんとありがたいなって思って」
「あの——」
「あと、俺が前、仕事の話したとき、途中愚痴っぽくなっちゃったりもしたけどちゃんと聴いてくれて、なんかもう、そういうのすごい嬉しくて。本当に優しい人なんだなって感動して、いつの間にか好きになってました」
「——すみません、」
「いや、まだいっぱいあるんです! 人柄とかそういうのって、やっぱり話をしたりなんだりである程度わかるもんじゃないですか。でも、それでも、カーテン越しにあなたの気配を感じて、こんなに近くにいるのに、って一回思うと、我慢できなくて。もう声だけじゃ嫌なんです。あなたに会いたい。顔が見たい。あなたのことが知りたいし、俺のことも知ってほしい」
「申し訳ないと——」
「いえあの、今更顔を見てそれでどうこうってわけじゃないんです。見た目が好みとか好みじゃないとか、そんなことぐだぐだ言うくらいならそもそも告白なんか決心しないですから」
「蛇」
猫は呼ぶ。
抑えられた調子のその声は、しかしいささか途方に暮れているようだと蛇にはわかる。
「起きているんでしょう」
「起きてますけどね」
細身の体をソファからゆらりと起こし、蛇は両の目を開けた。
宿酔はびくりと身を固まらせている。猫の姿はカーテンの影だ。
細く開いた曇りガラスの窓、そのカーテンの隙から伸びる手が宿酔に捕らわれているのを見て、蛇は猫の困惑の原因を読みとった。
「どうにもねえ、僕としても出ていきにくいじゃないですか、こういう状況って。やっぱりタイミングとかありますし」
「だから今、呼んだんでしょう」
「だから今、出てきたでしょう。ほらほら、宿酔くん、手を離しなさい。そのままじゃ猫さんが動けないですから」
やっと気が付いた、という風情で宿酔は手を引っ込めると、猫の手もするりと曇りガラスの向こうに消えた。