第97話「女たちの宴 ~前編~」
見事ナダルナルの大軍を撃破したカーライム軍はそれを深追いすることはなく、スラーブの町にいくらかの守備兵を残すと、撤退した。
王都へと行軍する最中、マインはユイナの様子が気になり声をかけた。
「あの、ユイナさん。先ほどから元気がないようですが大丈夫ですか?」
「え? そんな風に見えた? だ、大丈夫だよ! 私はいたって元気!」
ユイナは笑顔でそう答えたが、マインは見抜いていた。その言葉も表情も偽りであると。
以降、ユイナは王都に着くまで一切憂い顔を見せることはなく、時折笑顔すらも覗かせていたが、しかしマインにはそれはどこかぎこちないものであるように見えた。
(やっぱりまだ先の戦での失敗を気にしているのかな。まったく、こういうのをフォローするのは本来上司であるオータスさんの仕事だと思うんだけどなぁ)
マインは心の中でそう毒づきつつも、このままユイナを放っておくのも忍びなく、王都に到着すると一計を案じたのだった。
王都のはずれにあるとある酒場。
ここには一日の疲れを癒すべく、多くの人間が集まるが、その中でもひと際目立つ集団があった。
それもそのはず。その集団は全員女性、しかも容姿端麗な者ばかりなのである。
この酒場は決して女人禁制というわけではないのだが、それでも治安等の問題で女性だけの客というのはかなり珍しいといってよかった。
そんな彼女たちに一人の男が話しかける。男は筋骨隆々で、日焼けなのか肌が全体的に浅黒かった。
「お、久しぶりだなマイン! 今日は友達も連れてきたのか! ありがとな! でも可愛い子ばっかだからな、変なのに絡まれないよう気を付けろよ? 」
「店長、大丈夫ですよ! ここにいる人たち、全員かなり腕がたつんで」
マインはそう言って笑うと、慣れたように人数分の酒と肴を注文した。
マインに店長と呼ばれたその男は「あいよ!」と元気よく答えると厨房へと姿を消していった。
「あ、今のはこの酒場の店長のゴバックさん。私、昔ここで働いていたんですよ。その時に店長にはよくお世話になって。魔術師になるよう私に勧めてくれたのも店長なんです」
「え、そうなの? ここで働いていたって、てっきりマインさんって貴族か何かの生まれだと思ってた」
ユイナが驚いたようにそう言うと他の皆もうんうんと同意を示した。
ここにいる面子は全部で4人。マイン、ユイナ、ミーナ、アリサである。
マインが女性だけで飲まないかとユイナを誘ったことに始まり、さらにユイナがミーナとアリサにも声をかけたという具合だ。
「うーんと、一応貴族ではあったんですけどね。曽祖父の代に当時の国王陛下の怒りを買ってしまって爵位と領地を剥奪されちゃったんです」
「あ、ごめん。なんか嫌なこと思い出させちゃった?」
「いえ。気にしないでください。私の生まれる前の話ですし。まあそんな私のことよりも、皆さんのことが聞きたいです! 例えば……」
と、その時。
マインの言葉を遮るように頼んでいた酒と肴が運ばれてきた。
酒は麦酒。金と白のバランスが絶妙である。
「あ、じゃあまずは乾杯しましょうか! 今日は集まってくださってありがとうございます! あまり話したことがないという方もいると思いますけど、せっかくの機会ですので、今日はとことんまで語り合いましょう! それでは、乾杯!」
マインの音頭で4人は乾杯すると、みな一斉に麦酒を喉へと流し込んだ。
柔らかな泡の感触。冷たさが口に、喉にと染み渡る。
「はぁ~! 美味しいなぁ!」
初めに感想を口にしたのはユイナであった。
その言葉がよほど嬉しかったのかマインはおもむろにユイナに近づくと、同志を得たりと言わんばかりにその手を握った。
「ですよね! ここのお酒はどれも美味しいんですけど、特にこの麦酒は格別なんですよ!」
「う、うん。本当に美味しい。ミーナはどう?」
聞かれたミーナは早くも頬を朱に染めながら答えた。
「美味しい。けれど私はもう少し辛口でキレのあるほうが好きかもしれない」
「あぁ、なるほど! その気持ちもわからないでもないですよ!」
マインはそう言うと、今度はミーナのほうへと駆け寄りガシッとその手を握った。
「あ、あの……。ち、近い」
「ご、ごめん! 嫌だった?」
「いや、嫌というわけでは……」
そんな二人の様子にユイナは思わず笑い声を漏らす。
「ふふふ。ミーナ、お酒と照れで顔真っ赤だよ」
「え……」
その言葉がさらにミーナの顔を赤くさせたのは言うまでもない。
と、その時。ふとユイナはアリサのほうに目をやった。
思えば先ほどから彼女は一言も言葉を発していない。
「アリサちゃんはどう? 美味しい?」
「は、はひっ!」
突然話しかけられ思わず変な声をあげるアリサ。
よく見れば彼女の麦酒の量はあまり減っていないようであった。
「あ、もしかして麦酒苦手?」
「ご、ごめんなさい。実は苦いもの全般が苦手で……。本当にごめんなさい!」
楽しんでいる三人に水を差すわけにはいかず、なかなか言い出せなかったのだろう。
謝るアリサにユイナは優しい口調で語り掛けた。
「なんで謝るの? 味覚なんて人それぞれだよ? アリサちゃんが謝る必要なんて全然ないよ。ね?」
「そうですよ! 私だって苦手なものありますし。むしろごめんなさい。気づかないで。ここは麦酒以外にもいろんなお酒があるので、きっとアリサさんの口に合うものがあると思いますよ!」
マインはそう言うと、メニュー表をアリサの前に置いた。
アリサは甘いものが好きという。そこでマインのおすすめで蜂蜜酒を注文することにした。
「お、美味しい……!」
「良かった!」
こちらはアリサの口に合ったようである。
「よーし、それではもう一度改めまして、乾杯!」
「かんぱーい!」
こうして4人は他愛ない雑談をしながら、穏やかな時間を過ごしていった。




