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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第3章 天下統一編
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第93話「ロサ平原の戦い ~前編~」

「姫騎士ロサ?」


 ナダルナル軍との戦いを目前に控えた軍議の最中、突如出てきた馴染みのない名前にオータスは思わず聞き返した。

 しかしながら、どうにもその人物はかなり著名だったらしい。知らない人がいるなんて信じられない、といった表情でその場にいる皆がいっせいにオータスの方を見た。


(そんな引きつった顔されてもなぁ。知らないものはどうしようもないだろう……)


 皆のその予想外の反応に、オータスは困ったように頭をポリポリと掻いた。

 そんな中、助け舟を出したのはやはり彼女であった。


「ロサ=ハンセルン=カーライム。初代カーライム国王・ヴァースの娘にして2代国王・ハーマンの妹。王国が魔物の大軍の襲撃を受けたとき、聖剣を手に取り果敢に立ち向かった戦乙女。そして彼女率いる王国軍が魔物の大軍と最大規模の戦闘を繰り広げたのが、いま私たちがいるこの地。この戦いでロサは魔物の親玉を見事討ち果たすんだけど、その直後に戦いで受けた傷が原因で彼女は17歳の若さで亡くなってしまうの」


「だからここはロサ平原とよばれるようになった、と。なるほどな。丁寧な説明ありがとなユイナ」


 ユイナの解説でオータスはようやく理解することが出来た。

 ここロサ平原はカーライム王国にとって因縁深い地であるということ。そして、ロサという人物はカーライム王国に住まう者にとっての誇りなのだということ。

 古の英雄が駆け抜けた戦場。将兵たちを鼓舞するのにこれほどいい材料はないだろう。


「ごめんなさい。オータスはもともと過去の記憶がないわけだし、教え忘れた私の責任かな。この姫騎士ロサの物語はカーライムに住む人で知らない人はいない有名な話なの。最初の頃に教えておくべきだった」


「いや、気にするな。それよりもその姫騎士さんとやらについてもっと詳しく教えてくれないか。例えば、その魔物の大軍を討ち破るのに使った戦術、とかな」


 カーライム軍11万に対し、ナダルナル軍は12万。この1万の差は小さいようで確実に戦況に影響を与えてくる。特に遮蔽物の少ない平原で戦うならば尚更である。

 渓谷などの地形を利用できる場所へと敵を誘引するという策もあったが、オータスにこのあたりの土地勘がない上にそれでは11万もの大軍を活かすことが出来ない。

 よってオータスは古の英雄に知恵を借りることにした。






 明朝。

 ロサ平原に展開する11万のカーライム軍の前に、ついに侵略者たちが濃霧より姿を現した。

 事前の報告にあった12万のナダルナル軍に加え、さらに2000。これは既にナダルナルに敗れ、奴隷とされた元カーライムの将兵たちである。


「妻や子を人質にとられ脅されたか……。やり辛いことこの上ないな」


 ナダルナルの戦法はおおかた予想がついた。元カーライム兵士を前線に立たすことで、こちらの士気を下げようというのである。


「蛮族らしい卑劣な策よ……! しかし、コンドラッド伯、いかがしましょう!? 彼らとて我らに矛を向けるは本意ではないはず。なんとか救い出すことは……!」


 ポッスン=ヘイドリス男爵は縋るような目でオータスに訴えかけた。が、オータスは黙って首を横に振った。

 これは国の存亡をかけた大事な戦。オータス個人の感情としてはなんとか彼らを救ってあげたかったが、しかし軍の指揮官としての立場がそれを許さない。

 そもそもこの期に及んで彼らを救う手立てなどあろうはずがない。

 オータスは覚悟を決めると、動揺する兵たちに告げた。


「これより我らは国土を荒らす蛮族どもを一掃する! 共に酒を酌み交わし、轡を並べた者を斬るのは心苦しいだろう! だが、つまらぬ情に囚われれば祖国は蛮族によって蹂躙される! お前らの愛した女や子どもを、卑劣な敵の手に渡していいのか! 心を鬼とせよ! 我らカーライムの精兵が、英雄・ロサ=ハンセルン=カーライムと縁あるこの地で敗北することなど断じて許されぬ! 無様な戦を見せるな! これは勅命である! 敵を跡形もなく殲滅するのだ!」


 オータスが言葉を言い終わるや否や、将兵たちの雄たけびが大地に轟く。

 そしてそれがそのまま開戦の合図となった。

 後に『ロサ平原の戦い』と呼ばれる大戦の火蓋がいま切って落とされた。

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