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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第86話「王都侵攻 ~其の玖~」

「すまないマイン! 敵の魔術師を逃した」


 ストーレイを見失ったオータスはひとまず玉座の間へと戻った。

 傀儡であるミーナを回収するため、ストーレイが玉座の間へと向かったのではないかと考えたのである。

 が、その心配は杞憂に終わった。


「あ、おかえりなさい。こっちは無事成功しましたよ。ミーナさんにかかっていた術は解けたと思います」


 そう言って手を振るマイン。その隣に目を向けると、そこには仰向けに倒れているミーナの姿があった。


「ミーナは無事なのか……?」


「はい。これは気を失って倒れているだけだと思います」


 マインのその言葉にオータスは胸をなでおろす。そして深々と頭を下げた。


「ありがとう。君のおかげでミーナは助かった。なんてお礼を言って良いか……」


「いやいや止めてくださいよ! 頭を挙げてください! それに術が解けたのはおそらく術者が遠くへ逃げたからです。洗脳術は、術者と傀儡の物理的距離が離れると効力が弱まる傾向がありますから。今回はそこを狙って強制的に術を解除できましたが、純粋な魔術師としての実力はあちらのほうが何倍も上でしょう。もし敵が逃げなければ、私ではミーナさんを救うことはできませんでした」


「いやそれでも助かったことに変わりはない。本当にありがとう」


 かくして、敵の気まぐれに助けられた形ではあったが、オータスらはミーナの奪還に成功したのだった。






 ストーレイは宮城より姿を消し、ミーナの洗脳も解けた。

 これでもはや城内にシアン軍を阻むものは完全にいなくなり、そして。


「兄様、お久しぶりですね」


「シアン……」


 カスティーネ=ハンセルン=カーライムは女たちとともに部屋の隅で震えているところを発見され、捕縛。シアンたちの前に引き出されたのだった。

 辺りに緊張感が漂う中、シアンは静かに問いかける。


「なぜこのようなことを……?」


 カスティーネはしばらく黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げた。

 そして、彼は心にためていた全てを吐き出した。


「俺はなシアン。お前のことをずっと見下していたんだよ。剣術でも魔術でも俺の方が上。お前が俺に勝っているところといえばせいぜい愛想の良さだけ。そう言ってずっとずっとお前のことを見下してきたんだ。俺の方が優れた人間なんだと、俺こそが次代の王なんだとそう信じて疑わなかったよ。俺が王になったらお前なんてどこぞに政略結婚にでも出してやろう、なんて考えていたさ。なのに……! なのにあの日、父上は俺ではなくお前を選んだ! 屈辱だった……!」


 顔は赤く、目からは涙が流れている。

 長年見下してきた相手に次期国王の座を奪われた、その無念が表情と言葉に込められていた。

 もっとも、それを聞いたシアンの反応は極めて冷ややかなものであった。


「それで怪しげな魔術師と協力し、父上を殺したというんですか? 聞いた私が馬鹿でしたね」


 そう言うと、シアンは剣を抜き、縛られているカスティーネの前に立った。

 カスティーネは思わず「ひぃっ!」と情けない声を上げる。


「貴方はもう覚えていないかもしれませんが、子どもの頃、川で溺れる子犬を助けたことがあったでしょう。貴方は躊躇なく大雨で増水した川へ飛び込んで、その子犬を救い出すと、私にこう言ったんですよ。『俺は王だからこの国に住む皆を絶対に見捨てちゃいけないんだ』って」


「あ、あったかもしれないな。そんなことも……」


「正直かっこよかったです。これが私の兄なんだってなんだか誇らしくて、嬉しい気持ちになって。今でも私はその言葉を大切にしています。だから……」


 次の瞬間、シアンは剣を大きく振り下ろした。

 目を瞑るカスティーネ。

 だが、その斬撃はカスティーネの身体に触れることはなく。縛っていた縄がハラリと落ちた。


「え?」


 いまだ自分の首と胴が繋がっていることに驚きを隠せないカスティーネ。

 そんな彼にシアンは語り掛けた。


「兄様。あの頃からどんなに変わってしまっていても、やっぱり私には貴方を見捨てることができません。だからこれが出来る最大限の譲歩です。どうか最後は潔く割腹を」


 カスティーネの前に短剣を差し出すシアン。

 もはやカスティーネの罪が許されることはない。その罪はあまりに重く、死を以って償うほかないだろう。

 だが、だとしても。シアンは兄に少しでもマシな死を用意してあげたかった。


「シアン……お前」


 カスティーネは短剣を握った。

 そしてそれを己が腹に突きつける。

 その場にいる誰もが黙って見守るなか、カスティーネはついにその刃で腹を掻っ切る、かに思えた。

 だが。


「敵に同情するとは愚かなり! シアン、この俺に武器を渡した事、あの世で後悔せよ!」


 カスティーネは突如態度を翻すと、なんとその短剣でシアンを襲ったのだった。

 彼は確信した。このままシアンの首を獲ることができる、と。

 しかし、その刃がシアンに届くことはなかった。


「あーあ。せっかくの私の恩情を無駄にして。まったく、愚かなのは兄様のほうですよ?」


 カスティーネの身体を貫く鋭い巨大な氷の刃。シアンの魔術によるものだった。

 身体の真ん中に大きな穴を開けられたカスティーネに息があるはずもなく、その身体はゆっくりと地に倒れる。


「さようなら、兄様」


 死体に向かって呟くシアンの顔はどこか寂しげで。

 こうして、カスティーネ=ハンセルン=カーライムの死を以って、長きに渡ったカーライム内乱は幕を閉じた。

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