第85話「王都侵攻 ~其の捌~」
両者の戦いは熾烈を極めた。
エステバ渾身の一撃は地面を穿ち、ミーナの素早い一刀は大気を切り裂いた。
次々と繰り出される規格外の攻撃にその場にいる誰もが思わず見入ってしまう。それほどまでにその戦いは高次元のものであった。もはや何人たりとも二人の間に入ることはできない。
「オータス卿、これは一体どういうことでしょう。あの方は確か貴方の配下の者。まさか彼女が敵に寝返ったということでしょうか……?」
シアンは、誰もが思っていたそれをはっきりと口にした。
主に矢を放ち、戦友を容赦なく打ちのめした。そして今なお戦闘を止める気配はない。ミーナの行動はまさしく反逆そのものである。
当然オータスは即座に否定しようとした。彼女はそのようなことをする者ではないと主張したかった。だが、止めた。ここでいくら言葉を重ねたところで、彼女が戦闘を止めぬ以上、それが無意味に終わることを悟ったからである。
「自分にも、彼女の真意はわかりません。捕縛し、直接問いただすしかないでしょう」
そう返すのが今のオータスの精一杯であった。
飛び散る火花。響く金属音。
エステバとミーナ。二人の激闘は終わる気配を見せない。
そんな中、それを見ていたオータスは次第にある違和感を感じ始めていた。
(おかしい……! ミーナの奴、どうしてここまでエステバと渡り合えるんだ!? 彼女が最も得意とするものはやはり弓。近接戦闘もそこそこいけたはずだが、それでもその実力は一級の戦士には劣るはずだ。それがどうして……!? 思えばユイナとの戦闘の時もそうだ。ユイナに疲れや油断もあったのだろうが、流石に一方的すぎやしなかったか……!?)
頭をめぐらすオータス。
そしてオータスはある一つの答えにたどり着いた。
「マイン、ちょっといいか。魔術に『相手を意のままに操り、さらにはその者の能力も飛躍的に向上させる』なんていう都合の良いものはないか」
「ええ、ありますよ。もっとも能力を飛躍的に向上させるというよりは、その人本来の力を引き出させるといったほうが正しいですけど。なるほど。ミーナさんは敵の洗脳術を受けていると……?」
「ああ。もっとも確証なんてないし、俺がただミーナの裏切りを信じたくないだけかもしれないが」
「いえ、結構的を射ているかもしれません。魔術師である私がもっとはやくその可能性に気づくべきでした。私はすぐさま術の強制解除に取り掛かってみます。敵の魔術師がまだこの宮城内にいる可能性が高いので、オータスさんにはその討伐をお願いします」
マインの頼もしい言葉にオータスは大いに元気づけられた。
おのずとオータスの言葉にもとの力強さが戻る。
「任せておけ」
その言葉にはなんとしてもミーナを連れ戻すという強い意志が籠っているようだった。
オータスは練度の高い兵を10人引き連れると、玉座の間のさらに奥へと足を踏み入れた。
思えば、カスティーネ捕縛が難航していたのもその魔術師が妨害していたのかもしれない。
薄暗い廊下を警戒して進んでいく。
すると、次の瞬間。
「ぐああああああああ……!!!」
突如背後から断末魔が聞こえたかと思うと、オータスが振り返ったその時にはもう彼の引き連れた兵たちは皆この世のものではなくなっていた。
先ほどまで話していた兵たちが、いまはただの肉塊である。オータスには何が起きたのかまるで理解できなかった。
だが、敵が近くにいるの間違いない。オータスはより一層警戒を強めた。
刹那。
「こうも簡単に背後を取れるとは期待外れだな。やはりまだ完全には覚醒していないか」
気づけば、オータスの首元には背後から巨大な刃が当てられていた。
湾曲した鋭い刀身。それは禍々しい光を鈍く放っていて、少しでも動けばオータスの首などいとも簡単に切れてしまいそうである。
(こいつが例の魔術師か……!)
強く警戒していた。油断など一切なかった。
にも関わらず、背後に立たれ、首元に刃を当てられるまでまったく気が付かなかった。
オータスの完敗であった。
「俺を殺すか、魔術師」
なんとか絞り出したのがその一言であった。
オウガ=バルディアスにエステバ=ジャンゴフ。いままで自分より強い者と戦ったことは何度もあった。そしてそのたびに死を間近に感じてきたオータスであったが、今回ばかりは程度が違った。
今回の敵には今までにない得体の知れぬ不気味さがあった。
魔術師は考えにふけっていたのだろうか。しばらくの間があった。
そして、その男は問いに答えた。
「殺そうと思っていたが、やめた。我々が対峙するにはまだ時期尚早だったようだ。オータス=コンドラッド、貴様が真に覚醒したときにまた現れるとしよう」
そう言うと男は得物を下したようであった。
意図はわからない。だが、オータスはすぐさま振り向くと、その魔術師と向かい合った。
「お前何者だ。その姿、偽りだろう」
「ほう、一瞬で我が擬態を見破るか。いや、貴様ならば当然か。私はストーレイ=ホッジソン。君の敵であり、友であった者の名だ」
「なに……!? それはどういう……」
この男は何かを知っている。そう思ったオータスはさらに言葉を引き出そうとしたが、それは叶わなかった。
オータスが言葉を言い終わるよりも早く、ストーレイは一瞬にして姿を消してしまったのである。




