第83話「王都侵攻 ~其の陸~」
「かなり深く抉ったつもりだったんだがな。また俺と戦おうってか。おもしれえ」
エステバは、再び立ちふさがったオータスの姿にニヤリと笑みを浮かべる。
一方、対するオータスの表情は冷静そのものであった。オータスは静かに問いかける。
「近衛中将・エステバ=ジャンゴフ、戦う前に一つ尋ねたい。すでに城内のほとんどは我らの軍が制圧している。援軍の当てもないはずだ。なのになぜ戦う。負けるとわかっていてなぜ。お前ほどの将があの暗愚に殉じるというのか」
「暗愚ってのはカスティーネ陛下のことかい。ま、否定はしねえがな。でもよ、主が無能なら裏切っていいのか? そんなわけねぇだろう。どんな主だろうと、主のために命を張る。それが武人ってもんだぜ」
エステバの答えは明快であった。そしてそれを聞いたオータスはある男の存在を思い出す。
「以前、お前と似たようなことを言った奴がいた。そしてその男は言葉の通り、俺の前で果てた。なんでこう、武人って人種は意固地なのかねぇ……」
「さあな……。さて、もうおしゃべりはいいだろう。さっさと死合おうぜ」
問答を終え、二人は同時に武器を構える。
静寂が広がり、緊張感が辺りを包み込む。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「でやああああああああああああああ!」
両者は一気に間合いを詰め、得物をぶつけた。
幾度も交わり、火花を散らす刃と刃。甲高い金属音が不規則なリズムを刻む。
このまま二人の戦いは永劫に続くかに思えた。
だが、両者の決着は思いのほか早く着いた。
「うおっ!」
両者得物を合わせること十数合。エステバの手から戦斧が離れた。
その隙をオータスは見逃さない。足を払い、エステバの身体を倒すと、その喉元に剣を突き付けた。
「降参だ、コンドラッド伯。一体どんな絡繰りを使ったんだ? さっきとは剣の速さも重さも段違いじゃねえか」
「その絡繰りとやらの正体が分かれば、俺も苦労はしない。この力……一体何なんだろうな」
「まあ良い。おめえさんの事情はよく分からんが……俺の負けであることに変わりはねえ。殺りな」
敗北を認めたエステバは己が首を獲るように言う。だが、オータスは無言で剣を離した。
「おい、てめぇ。どういうつもりだ。敵将の首を挙げることこそ、戦場に出る者の本懐だろうが。それともなにか。俺の首に価値は無えってことか!」
予想外の行動に怒りをあらわにするエステバ。
だが、オータスは首を横に振る。
「いや、そうじゃない。エステバ=ジャンゴフ、お前ほどの男をここで散らすのは惜しい。どうかこれからはその武でシアン陛下を支えてはくれないか。お前は存分に戦った。カスティーネへの義理も十分たっただろう」
その言葉に、エステバは目を丸くした。
そして、しばらく悩んだのち、答えた。
「……わかった。俺は勝負に負け、おめえさんは勝った。勝者の言葉を無下にするほど俺も野暮じゃねえ。この武、今後はおめえさんらのために振るおう」
「ありがとう。エステバ殿」
こうして、近衛中将・エステバ=ジャンゴフはシアン軍に降った。
そして、それを見た他の近衛兵らも戦意を喪失。玉座の間はオータス隊により制圧された。
「はあ、はあ、はあ……」
細身の男が息を切らし、薄暗い廊下を駆けていく。
彼の名はブリュー=ゲロック。近衛大将の地位にありながら、玉座の間にオータスらシアン軍が現れると、彼は真っ先に逃げ出した。
「どうして、どうしてこんなことに……。うわぁぁぁぁぁ!」
もはや逃げ道などありはしない。そんなことは彼も理解していた。
宮城のほとんどはシアン軍により制圧されている。当然各出入り口もシアン軍の手に落ちているだろう。
だがそれでも、ブリューは走り続けた。臆病な彼には、戦うことも自ら命を絶つこともできなかった。
と、その時であった。目の前に人の影があることに気が付いた。
彼は足を止め、恐る恐る声をかけてみる。
「だ、誰だ。どちらの軍の者だ、答えよ」
だが、何も答えは返ってはこない。
怖さに耐えきれなくなったブリューは抜刀した。
すると、ようやく暗闇より答えがあった。
「ほう、ブリュー。この私に刃を向けるか」
コツコツと近づく靴音。
そして、暗闇より姿を現した人物を見てブリューは腰を抜かした。
「さ、宰相殿!」
その人物は宰相・バイロン=グロワーズであった。
もっともその中身は別物であるが、そのことをブリューは知らない。
そしてその傍らには虚ろな目をする赤髪の少女がいた。
「ミーナよ。丁度良いところに的があった。試しにあの者の額を撃ってみよ」
「はい……かしこまりました」
ミーナは命じられるがまま、弓を構えると、ブリューに向かってまっすぐ矢を放った。
その狙いは正確で、たったの一射でブリューは絶命した。
「ふむ。やはりこの娘、弓の技量は素晴らしい……。我が傀儡として申し分ないな。さて……、どうやら我が軍の敗北は必至らしいな。ならば、最後に英雄と遊んでからこの地を去るとしよう」
ストーレイはそう言って邪悪な笑みを浮かべると、玉座の間へと向かったのだった。




