第7話「不条理」
オータスとトレグルは数多の敵兵に囲まれていた。
二人の身体は、致命傷こそ負ってないもののかなり傷ついている。
血がぽたぽたと地面に落ちる。
その地面には、ともに戦ってきた仲間たちの骸が無惨な姿で転がっていた。
「クソ、ここまでか……」
もはやこの状況を覆すことは不可能といえるだろう。
オータスは諦めの言葉を呟いた。
すると、横にいたトレグルがオータスの肩をポンと叩いた。
「しゃーねぇ、最後は男らしく華々しく散ろうぜ」
トレグルはそう言うと敵に向け大剣を構える。
もともとオータスが戦場で命を張らなくてはならなくなったのはこの男のせいなのだが、オータスの心に不思議と怒りなどはこみ上げてこなかった。
いままで一緒に戦ってきたことで二人の間にはいつのまにか友情のようなものが芽生えていた。
オータスも覚悟を決め、黒い剣を構える。
そして、雄たけびをあげて敵中に切り込もうとした、その時だった。
背後から喚声が聞こえた。
待ちに待った援軍の到着であった。
戦場に5万の援軍が到着すると戦況は一変した。
先ほどまで押されていたカーライム軍が息を吹き返し、敵を押し返しはじめたのだ。
「援軍が到着するまでに決着をつけたかったのだが……こうなっては仕方あるまい。全軍速やかに撤退せよ!」
ジェルメンテ軍総大将・シャイビットの決断は早かった。
こうして、ジェルメンテ軍は侵攻を諦め撤退、フェービスの戦いはカーライム軍の勝利という形に終わった。
見事勝利を収めたカーライム軍。
だが、本陣の空気は重かった。
その原因はある一人の男にある。
男は名をカスティーネ=ハンセルン=カーライムという。
彼はカーライム王国の王子であり、そして5万の援軍の総大将だ。
カスティーネはジェルメンテ軍に逃げられたことで先ほどからひどく機嫌が悪く、それが軍の空気を悪くしていた。
「俺はなぁ怒ってるんだよ、スタンドリッジ伯爵」
カスティーネはそう言うとユーウェルを睨みつけた。
「ジェルメンテの連中にやられるだけやられて、終いには逃げられる……。情けねえなぁオイ!これはどう考えても指揮官であるてめぇの責任だよなぁ?」
ユーウェルの顔にペッと唾を吐くカスティーネ。
これには一瞬イラッとしたユーウェルだったが、王子に何か言い返せるはずもなく、ただひたすら謝るしかなかった。
だが、その態度の何かが癇に障ったのだろうか。
カスティーネは舌打ちすると、ユーウェルに近づき、その胸倉を掴んだ。
「謝ればいいってもんじゃねぇ!いいか、てめえらは俺がこなけりゃとっくに死んでたんだぜ?もっと俺に感謝しろよ!」
「はい、カスティーネ殿下自らの援軍には心より感謝……」
「あん?もっとでけえ声で言えや!」
そう怒鳴りつけると、カスティーネはユーウェルに殴りかかった。
だが、ユーウェルは一切抵抗しない。できるはずなどなかった。
無抵抗のユーウェルをひたすら嬲るカスティーネ。
その顔はまるで玩具で遊ぶ子どものようだった。
実際、その通りであった。
カスティーネにとって田舎の小貴族など所詮玩具にすぎないのだ。
腹が立ったから。むしゃくしゃするから。
それを紛らわすために絡む。そして殴り続ける。
別にユーウェルに恨みがあるわけではない。ただ、すぐ近くにいたから。
それが理由だ。
ユーウェルはカスティーネの気が済むまで殴られ続けた。
そして、シューベルをはじめとする貴族諸侯はそれをただ終わるまで静かに見つめていた。
この中に、怒りを覚えてない者など一人もおらず、誰もがいますぐにでも助けたいという衝動に駆られていた。
だが、相手は国の王子。
みな拳を硬く握り締め、ひたすら王子の気が済むのを待ち望むことしかできなかった。