第78話「王都侵攻 ~其の壱~」
「これは……何かの冗談でしょうか? まあ、冗談にしてはあまり笑える内容ではないですが。 もし万が一にもこれを本気で言っているのでしたら、サムルハ卿はおかしくなってしまったのでしょう」
シアンはエイヴァンス公爵よりの書状に目を通すと、温和な彼女にしては珍しい辛辣な言葉を発した。
それもそのはず、公爵からの書状には「合流し、王都侵攻に協力したい」という旨が書かれていたのである。
エイヴァンス家は先王暗殺に協力し、さらにはシアンをも葬り去ろうとした家。彼女にとって到底許せる存在ではない。
そのような輩が今更のこのことやってきて、とくに謝罪をするわけでもなく、いきなり協力を持ちかけてきたのである。
言葉が厳しくなるのも無理はなかった。
シアンは、黙ってうつむく使者にむかってさらに追い打ちをかけた。
「パチョリックと言いましたね。あまりに虫が良すぎる提案だと、貴方もそうは思いませんか。父を殺し、さらには私の命をも狙った家を信じろと言うのですよ? 出来るはずがないでしょう。そもそも協力云々の以前に、まずは降伏し、許しを請うのが先ではないのですか? 私は何か間違ったことを言っていますか?」
それはまったくの正論であった。彼女の言葉はひどく感情的ではあるが、何一つとしておかしくはない。
シアンのその言葉に、家臣たちもみな大きく頷く。
だが、使者は頷かなかった。使者・マキティーナ=パチョリックは顔を上げると、なんと堂々とこれに反論したのである。
「御無礼ながら陛下。陛下は大きな勘違いをなさっております。国を裏切り、陛下を弑し奉らんとした男の名はブッサーナ=エイヴァンス。我が主はサムルハ=エイヴァンスでございます。確かに両者の間に血のつながりはありますが、別人であることに変わりはなく、先代当主があのような不義を企んでいたことなど、我が主は露程も知りませんでした。計画が実行されたあの日、主はすぐさま先代を問いただそうとしましたが話を聞いてもらえず、屋敷の地下にある牢に幽閉されてしまい……」
マキティーナの目から一筋の涙が流れた。
これにはシアンも激しく責めるわけにはいかず。
はぁ、と小さくため息をつくと、こう言った。
「もういいです。その言葉を完全に信じたわけではありませんが、サムルハ卿の主張はとりあえず分かりました。ですが此度の提案への即答は出来かねます。返答は後日、と伝えてください」
マキティーナは深く頭を下げると、風のようにその場を後にしたのであった。
「嘘ね」
オータスより軍議の流れを一通り聞いたユイナは、断言した。
こくりとオータスも頷く。
「ああ、おそらくな。あまりに胡散臭い」
もし仮に、ブッサーナがサムルハを幽閉していたならば、どんなに隠したとしても多少は噂になるはずである。だが、メルサッピ峠の戦いの折、降ったエイヴァンス兵のなかにそのようなことを言っている者は誰一人としていなかった。
サムルハが父の謀反に消極的だったというのは確かかもしれない。だが、まったく関与していないというのは流石に無理があった。
「彼女は聡明だ。たぶん嘘とは見抜いている。だが、我が軍に王都を攻める余裕がない今、少しでも新たな戦力がほしいというのも事実だ。おそらくは嘘と見抜いた上であえて奴らの提案を受け入れる気なんじゃないかと俺は思うが……」
オータスはそう言って茶をぐっと飲み干すと、ユイナにおかわりを求めた。
ユイナは「はいはい」と呆れたように笑いながらもカップに茶を並々と注ぐ。
と、その時であった。オータスが不意に口を開いた。
「その、なんだ……。ありがとうな、いろいろと。いつもだけど今回は特にな」
恥ずかしいのか、その声はとても小さかった。
だが、その言葉は確かに彼女に届いていた。
「ど、どういたしまして……?」
少しの沈黙があって、二人は一緒に噴き出した。
二人して顔を真っ赤にしている状況がなんだかどうしようもなくおかしかった。
以降は二人は戦については話さず、他愛もない話を続けた。
久しぶりの穏やかな時間が流れていった。
済んだ大空。鷹が羽毛を落としながら大きく旋回した。
その下に広がるは王都の周りを隙なく囲む大軍。カーライム王国の東西を代表する貴族たちの軍旗が、一斉になびく。
ついにこの時がやってきた。
オータスの予想は大いに当たり、シアンはサムルハの提案を承諾。両軍はやがて合流を果たし、王都へと攻め上ったのである。
そして。
シアンが静かに手を上げる。
今、イーバン王の暗殺から始まったこの長い内乱もついに終焉を迎えんとしていた。




