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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第77話「軍議」

 いくつもの冷たい視線が突き刺さる。

 信頼を失った指揮官に向けられる兵たちの眼差しは剣先の如く鋭かった。

 怒りと憎しみ、そして軽蔑。

 一時の激情に流され、犯した愚行。それは多くの者の死へと直結した。

 敵と堂々と刃を交え、死んだのであれば本望であろう。だが、彼らのほとんどは指揮系統の乱れによる混乱の最中、敵の不意打ちで死んでいった。

 中には混乱する味方に押しつぶされる形で息絶えた者もいる。

 紛うことなき無駄死にである。そして彼らにそのような死に場所を与えたのは、他でもない。

 オータス=コンドラッド。それが戦犯の名である。

 いくつもの鋭い視線と、ときには罵りの言葉を受けながら、オータスは自分の幕舎へと戻る。

 するとそこにはよく見慣れた副官の姿があった。


「ユイナ。来ていたのか」


「ええ。おかえりなさい。無能な指揮官さん」


 いきなりの暴言に驚いたオータスだったが、そこに悪意がないのを汲み取ると表情を緩めた。

 そして、それを見たユイナもまた安心して表情を緩める。


「過ぎたことは変えられないけれど、これからは変えられる。ここからだよ」


「ああ、わかってる」


 オータスはそれからユイナの出した茶をすすり、気持ちを落ち着けると、やがて軍議でのことを話し始めた。






 軍議では、オータスの処分が決まった後、今後軍がどのように動くかについて話し合われた。

 はじめ話題に上ったのはやはり、強敵・オウガ=バルディアスの動向についてであった。


「敗走したオウガ=バルディアスは王都へは戻らず、北上。おそらくは己が領地へと戻り、態勢を立て直すつもりではないかと」


「追撃部隊を出すべきでは?」


「いや、敵はあの軍神。迂闊に深追いすれば今度こそこちらが壊滅しかねない。今は捨て置くべきでしょうな」


 オウガ=バルディアスの恐ろしさはその場にいる誰もが身をもって体験している。

 出来ることならばもう二度と戦いたくはないというのが皆の本音であった。

 その後もいくつか意見は出たものの、オウガ攻略の有効な手段は見つからず。

 結局、オウガについてはひとまず放置するということで決着がついた。

 すると、ある将がこんなことを口にしだした。


「であれば、いよいよ王都へ……!」


「おお! ついに陛下が王都に凱旋なさる時が……!」


 オウガを追わないとなれば、もはや目指すべき場所は一つしかない。

 宿敵・カスティーネの居座る王都を攻め、玉座を取り返すのである。

 歓声を上げる諸将。

 が、しかし。それに一人の男が異を唱えた。


「我らは王都奪還を目指し挙兵した。それを考えれば王都に攻め込もうというのは確かに至極まっとうな意見だ。だが……我らは此度の戦で多くを失い過ぎた」


 声の主・ショーン=スペンダーはそう言うと、シェンデの丘に目を向けた。

 この丘にはコーロの関をめぐる攻防で散っていた多くの者たちの遺体が埋葬されている。

 スペンダー公爵の言いたいことを皆察したのだろう。先ほどと打って変わって、静寂が辺りを包んだ。


「スペンダー公爵、よろしいか?」


 長い時が流れ、ようやくそれを破ったのはタランコス辺境伯であった。

 辺境伯は公爵が頷いたのを確認すると、静かに口を開いた。


「多くの兵を失い、優秀な指揮官も失った。スペンダー公爵の言う通り、この消耗した状態で堅固な王都を攻めるのはあまり現実的ではないだろう。だが、それは通常の城攻めであればの話だ。この関と同じように、ケルビン殿の魔術を使えば、いまの軍の状態であっても王都を攻め落とすことは可能なのではないだろうか」


 辺境伯のその言葉に、皆一縷の希望を見る。

 が、それは即座に否定された。


「辺境伯閣下。残念ですがそれは叶いません。あの術はその強大さゆえにかなりの負荷を身体にかけます。団長ではなく、私がここに出席している意味、どうかお考えください」


 丁寧ながらも強気な口調のこの男、名をフォールドという。彼はノーネス魔術師団の副団長である。

 彼は術を使ったあとということで体調の優れないケルビンの代理としてこの軍議に出席していた。


「失礼した。少し傲慢な物言いであった」


「いえ、こちらこそ言葉が強くなってしまいました」


 互いに謝罪し、それ以降は再び沈黙が訪れる。

 単純な攻城は難しく、かといって魔術に頼ることもできない。

 まさに万事休す。このまま撤退もやむなしか。

 誰もがそう諦めかけたその時であった。一人の兵士が思わぬ来訪者を告げる。


「軍議の最中失礼します! エイヴァンス公爵の使者を名乗る女性が陛下に御目通しを願い出ております! いかがいたしましょう」


 その一人の少女の訪れが、停滞した軍議を動かすことになるのだった。

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