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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第74話「王としての姿」

 カーライム王国公爵・サムルハ=エイヴァンスは輿の中にいた。

 サムルハは18歳。整った顔立ちをしており、腰の上まで伸びるその茶色い髪は、まるで女性の如く美しい。

 彼の父・ブッサーナ=エイヴァンスが寸胴の醜男であったことを考えると、彼の容姿はそれとは対照的と言ってよかった。

 彼はいま、総勢5万の大軍勢を率いて、街道を西進していた。

 目指すは王都・マテロ。彼はこの大軍を以って王都へと攻め込み、国王を名乗るカスティーネ=ハンセルン=カーライムの首を取るつもりなのである。

 軍の内訳はエイヴァンス軍1万5000に東域貴族諸侯軍3万5000。数こそオータスらの軍に劣るが、それでも道すがらの砦を落として進むには十分すぎる数であった。

 既に3つの砦を攻め落とし、さらには4つの砦が戦わず降伏した。

 順調に歩みを進めるサムルハ軍。やがて彼らは王都にほど近い丘へとたどり着いた。

 行軍を止め、輿から姿を現したサムルハは将兵たちに告げる。


「ここに陣を張り、一旦休息とする! が、くれぐれも敵襲への備えは怠るな!」


 長時間の行軍で兵たちに疲労がたまっていないはずがない。

 サムルハは来るべき決戦に向け、体勢を整えることを優先したのであった。

 彼は床几(しょうぎ)に腰を掛けると側近の一人を近くに呼んだ。


「マキ、お前に頼みがある」


 マキと呼ばれたその者は女性であった。顔立ちは美しく、体型は華奢。栗色の髪は毛先がゆるく巻かれている。


「なんなりとお申し付けください! 主様の命とあれば、どこへでも! そう、たとえば過酷な戦場であろうと私行っちゃいます!」


「フッ、察しが良いな。お前には使者としてシアン陛下の陣に行ってもらいたいのだ。斥候の報告によれば陛下の軍はコーロの関にて戦の最中だとか。下手をすれば戦場を突っ切ることになるかもしれんが、頼んだぞ」


「え……?」


 サムルハからの思わぬ命に、明るかったマキの顔が一瞬にして硬直する。

 その様子を見てサムルハは意地悪な笑みを浮かべた。


「おや? 俺の命ならばどこへでも行くのではなかったのか? ならば、この俺に偽りを申したということになるが……、そう認識して良いのだな? ん?」


「い、いえ! とんでもありません! このマキティーナ=パチョリック、必ずや任務を遂行してみせまひゅ……みせます!」


 そう言ってサムルハから書状を受け取ると、マキティーナは慌ただしく陣を発っていった。

 サムルハはそんな彼女の後姿を見ながら小さく噴き出した。


「みせまひゅ……、フフッ」


 それからしばらくサムルハはツボにはまってしまい、そこから動けなかった。






 

「皆さん! この戦、まだ負けではありません! 私も前線で戦います! 私と共に、活路を切り開きましょう!」


 一方、コーロの関をめぐる攻防戦では、このシアンの一言で戦況が再び大きく動こうとしていた。


「そうだ! 俺たちにはまだ陛下がいる! 陛下がいる限り、俺たちは負けねぇ!」


「陛下に無様な姿は見せられん! もうひと踏ん張りするぞ!」


「陛下の美しいお顔に傷をつけるわけにはいかぬ! 死ぬ気で戦うのだ!」


 シアンの姿を見た将兵らは、口々にそう叫んだ。

 倒れていた者は立ち上がり、逃げようとしていた者は足を止め、そして皆ふたたび武器を取った。

 敵に組み伏せられていた者などは最後の力を振り絞り、相手の指を喰いちぎった。

 こうして、前線部隊は完全に息を吹き返したのだった。

 だがしかし、敵とて大将首が目の前にいるというこの絶好の機会を逃すはずがなかった。


「弓隊構え! 放てぇぇぇぇぇ!」


 刹那、弓の雨がシアンを襲う。

 しかし、それは一本もシアンに当たることはなかった。


「フン、そう簡単に大将をやらせるわけがなかろう」


 スタンドリッジはそう言うと、迫りくる矢をすべて剣で叩き落として見せた。

 と、その時。

 視界の先に大きな人影があるのをスタンドリッジは確認した。


「そうか、あれが……」


 やがて兵をかき分け、姿を現したのは紛れもなく、オウガ=バルディアスであった。

 シアン軍が誇る猛将たちを完膚なきまでに打ちのめした鬼神である。

 鬼神は徐々にシアンへと近づいていくと、こう叫んだ。


「小娘が血迷って出てきたか! その怯えた顔、とても軍を率いる者には思えん! やはり貴様は王の器ではない!」


「うっ……」


 シアンの身体は震えていた。

 初陣の身である。本来ならば鬼神を前に悲鳴の一つを出してもおかしくはない。

 だが、彼女はぐっとこらえた。彼女は戦局を変えるために前線に出てきたのである。彼女が弱気な態度を見せてはかえって兵の士気が下がる。

 しかし、それでも身体の震えだけは止まらなかった。

 宮廷でオウガとは何度か会ったことはある。だが、それはまだ主従の間柄であったときのこと。

 戦場で敵としてまみえたオウガ=バルディアスは、あまりに大きく、その威圧感はもはや同じ人間のものとは思えなかった。

 それでも、シアンは挫けなかった。呼吸を落ち着け、言い放つ。


「控えなさいオウガ=バルディアス! 父から受けた恩を忘れ、私に刃向かう罪の重さ、思い知らせてあげます!」


 シアンの凛とした声が戦場に響く。

 次の瞬間、氷の刃が雨となってオウガを襲った。シアンの魔術である。

 が、しかし。それは当然のようにオウガによって防がれた。


「ほう、この俺を前にしてその強気な態度、面白い。だが、その姿勢がいつまで続くか」


 そう言って刃をシアンに向けるオウガ。

 シアンはもはや死を覚悟した。その時。

 轟音が大地を揺らした。

 それはシアン軍の誰もが待ち望んだ瞬間であった。

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