第63話「滅亡と誕生」
「お初にお目にかかります、コンドラッド伯爵。私はシャイニーヌ=アレンティア。要請を受け、援軍として参りました」
そう言って金髪の女騎士は丁寧に頭を下げた。
彼女は末席と言えどカーライム六将が一人。本来、田舎の小貴族であるオータスにここまでへりくだる必要はない。
しかも今回シャイニーヌはオータスを助けた立場である。
それでも丁寧な姿勢を崩さないのは彼女の清らかな性格をよく表していた。
「聖騎士様が戦場に姿を現したことで敵は完全に戦意を挫かれたようです。現在、真っ直ぐ王都へと撤退しております。ほんと感謝のしようがありません」
「いえ、私は何も。いくら私たちが加わったとはいえ、兵力は敵のほうが上でした。それでも撤退をきめたのはコンドラッド伯爵のこれまでの奮戦あってこそでしょう」
両者は一通りの挨拶を済ませると、御所へと移動した。
シアンに拝謁し、勝利の報告をするためであった。
カーライム王国にて内乱が激化していく中、その隣国・ジェルメンテ王国では。
「カーライム軍が退いた今、国内に残るは北の蛮族どものみ! この隙に奴らを一掃する!!!」
ジェルメンテ国王・ジョブライ=ボーガリウス=ジェルメンテが国内に蔓延るランゲ族の討伐を決定していた。
カーライムでの内乱に参戦するため、国内にいたカーライム軍は退いていった。今こそ、全兵力をランゲ族に集中させることが出来る。
彼はそう叫ぶと、自ら槍を持ち出陣した。
ジョブライは現在42歳。長身で肉体は良く鍛えられている。目つきは鋭く、また胸にまで届くほど伸ばした顎髭が特徴的だ。
彼は王の身でありながらこれまで数多の戦場で前線に立ち槍を振るってきた。
彼が自ら出た戦に負け戦はなく、しかも此度の相手は少数の蛮族。もはやジェルメンテ軍の勝利は揺るぎないもののように思えた。
だが。
結果は大方の予想に反してランゲ族の圧勝に終わった。
ジェルメンテ王国の西方にある深い森の奥。
ここにジョブライの落ち延びた洞窟はあった。
もはや彼のまわりに味方は一人もいない。
彼はランゲ族と戦い、敗れた。その後、幾度も再戦を挑んだが結果は変わらず。そのたびに味方の数は減っていった。
やがて戦線はどんどん後退していき、ついには王都が落城した。
王都から命からがら逃げだしたはいいものの、気が付けば付き従っていた者たちとははぐれてしまっていた。
「なぜだ……! なぜ蛮族如きに……!」
ジョブライは怒りのあまり、拳を地面に叩きつけた。
彼はすべてを否定され、すべてを奪われた。これまで積み上げてきたもののすべてを失った。
今頃、玉座にどこの馬の骨かもわからぬ奴が座っている。そう考えると、その怒りはより一層強くなった。
それから数日の後、ランゲ兵によってジョブライは発見された。
しかしその時にはもう彼に息はなかった。ジェルメンテ国王・ジョブライ=ボーガリウス=ジェルメンテは薄暗い洞窟の中、一人で惨めに憤死したのであった。
また、彼には3人の息子と1人の娘がいたがいずれも王都にて捕らえられ処刑された。こうして長く続いたジェルメンテ王家はたったの一瞬で滅亡の時を迎えたのだった。
一方、王都を制圧したランゲ族の族長・ビサームは新たな国家『ランゲリーナ王国』の樹立を宣言。彼がその初代国王となった。
いま、大陸の歴史は大きく動かんとしていた。




