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漆黒の魔剣士と白銀の姫君  作者: よこじー
第2章 カーライム王国内乱編
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第62話「コボウロ攻防戦 ~後編~」

 両軍の衝突から二日目、はやくもコボウロの町は陥落の危機を迎えていた。

 南門では3台の投石機による苛烈な攻撃を受け、東門では大軍による力攻めを受けている。それぞれの門ではトレグルとユイナが奮闘しているが兵力差は歴然。崩壊するのは時間の問題であった。

 オータスは思案する。

 現在本陣に残っている兵はわずか200のみ。この兵らをどのように使うか。それ次第で戦の展開は大きく変わる。


(南と東にそれぞれ100ずつ送り込むか……。いや、たかだか100増えたところでもはや敵の勢いは止まらいか……)


 ひたすら思考を巡らすが良い策など浮かばず。オータスは敗北を覚悟した。

 と、その時。ふと、腰の黒い剣が目に入った。

 オータスが森で倒れていたとき、なぜか傍に落ちていた剣である。賊がシアンとユイナを襲った際には、オータスに人知を超える力を貸し与えた。


(この剣の力を使えば、もしかしたら……)


 この剣についてはわかっていないことが多い。その正体がわからない以上むやみに使わない方がいいのだろう。

 だが、それでも。もはや、手段を選んでいる余裕などオータスにはなかった。

 オータスは覚悟を決め、立ち上がる。


「出陣する」


 オータスはそう告げると、兵を率い屋敷を出た。

 向かった先は南門でも、東門でもなかった。






 一方、討伐軍の本陣では。

 勝利を目前に、兵らが浮かれていた。


「昨日は随分と手こずらせてくれたが、所詮は田舎の小貴族。二日目にして早くも力尽きたようだ」


「ハハハ、侯爵閣下を本気にさせたのが運の尽きだったな」


「敵の中にはなかなか可愛い女の騎士もいたらしい。ぐふふ、今から楽しみというものだ」


 戦はまだ終わっていないというのに、彼らはもう戦後のことを考えていた。討伐軍の勝利を微塵も疑っていない。

 そんな下卑た笑みを浮かべる彼らをキャンベラン侯爵は遠目で見ていた。


(本当にこれでもう終わりなのか……。いや、油断はできない。オータス=コンドラッドとかいったか、奴は底が知れぬ)


 そう侯爵が抜け始めていた気合を入れ直した丁度その時。一人の兵士が焦った様子で侯爵の元にやってきた。

 聞かなくてもだいたい内容はわかった。

 少数の兵による本陣奇襲。行うのならば、南門と東門にほとんどの兵を割き、本陣が手薄となった今をおいてほかにない。

 だが、ただ一つキャンベランには腑に落ちないことがあった。


(この町の入口は南・東・西の3つのみ。その中では西が一番手薄ではあったが、それでも敵にそれを突破するほどの兵力などなかったはずだ。一体どうやって、ここまで来た……!?)


 気にはなるがいつまでも過ぎたことを考えても仕方がない。

 キャンベラン侯爵はすぐさま本陣の防衛の指揮に当たった。

 兵士らの混乱を治めつつ、伝令を飛ばす。

 スタンドリッジ伯爵らの軍に対応するため、残していた予備兵力を本陣へ呼び戻すつもりであった。

 だがしかし、それは叶わなかった。

 その時を狙っていたかのようにスタンドリッジ・タランコス連合軍が戦場に姿を現したのである。


「ここで援軍が来るか。やむを得んな、東門攻撃部隊の半分をこちらに回すか」


 そう言って東門へ伝令を送らんとしていた時には既に、オータス率いる奇襲部隊は本陣の目前に迫っていた。






 襲い掛かる討伐軍の兵士たちをオータスは黒い剣で次々と斬り倒していく。

 その刀身はこの世のものとは思えぬほどに不気味に赤黒い光を放っていた。


「あ、悪魔だ……!黒い悪魔だ……!」


 敵兵たちはオータスの姿をそう評した。

 オータスはその全身を剣と同じく黒い甲冑で固めていた。

 後ろになびく長いマントには銀色でカーライム王家の紋章が大きく描かれており、我らこそが官軍であると主張している。

 これはメルサッピ峠の戦い後、すぐに職人に言って作らせたものであった。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 オータスは獣如き咆哮をあげると新品の甲冑を鳴らし目前の雑兵に襲い掛かる。

 雑兵もなんとか応戦しようとするが、次の瞬間には剣から出た光に飲み込まれてしまい、跡形もなく消え去ってしまった。

 怯えた兵たちは次々と逃げていき、やがて本陣への道が出来る。

 駿馬を操り、一直線に駆け出すオータス。

 そして、その刃はついに侯爵を襲わんとした。

 その圧倒的な力を前にキャンベラン侯爵は為すすべなく討たれるかと思われた。しかし、そうはならなかった。

 鈍い金属音が辺り一面に響き渡る。交わる刃と刃。キャンベラン侯爵はオータスの一撃を防いで見せたのであった。


「こう見えても剣術は私の得意分野なのですよ? コンドラッド伯爵」


 そう言って涼しげに笑みを浮かべるキャンベランに対し、オータスは一旦距離をとることにした。

 本能的に危険を感じたのである。

 そして、次の瞬間。今度はキャンベランのほうからオータスに襲い掛かった。

 目にもとまらぬ速さで繰り出される剣戟を前に、剣の力を借りている状態のオータスでさえ防ぎきることは出来なかった。

 ついに黒い剣がオータスの手を離れる。

 地に落ちた剣を拾う時間など当然あるはずもなく、とどめの一撃がオータスを襲う。

 だが。


「な……!」


 キャンベランは思わず目を疑った。

 それもそのはず、突如彼の剣は錆びはじめ、オータスの身体を貫く前に朽ちて消えてしまったのである。

 そこに生じた隙をオータスは見逃さなかった。

 オータスは漆黒の剣を拾いあげると、そのままキャンベラン侯爵の首を切り裂いた。

 ぼとりと、首が地面に転げ落ちる。

 オータスを散々に苦しめた男・エリックス=キャンベラン侯爵。彼がただの肉塊となった瞬間であった。





 キャンベラン侯爵が亡くなると、連合軍の指揮はリベラナ伯爵が引き継いだ。

 しかし、侯爵が亡くなったことによる士気の低下は激しく、もはや彼らにコボウロの町に攻め込む余力など残っていなかった。

 一方のコンドラッド軍もまた被害大きく、オータス自身も屋敷に戻ってすぐに倒れてしまったこともあり、それから町より打って出るようなことはなかった。


「陛下のお部屋にある隠し通路を使い、密かに城壁の外に出、敵本陣を急襲……。確かにそのおかげで私たちは助かった。あの時はそれしか方法はなかったのかもしれない。でも……」


 ユイナは、高熱にうなされ、ベッドに横になるオータスの看病をしていた。

 彼女自身もまた、此度の戦で体中にいくつかの傷や痣を負った。しかし、日常生活に支障をきたすほどのものはなく、今はオータスに代わって軍の指揮をとっている。

 こうして無事生きていられるのはオータスのおかげであった。もしあの時、オータスがキャンベラン侯爵を討ち取ることが出来なかったら、数に押されユイナは敗れていただろう。

 そのことの礼が言いたくて、今は少しだけトレグルに指揮を代わってもらい、こうしてオータスのもとへと足を運んだのである。

 しかし、彼女の口から出てきたのは純粋な感謝の言葉などではなかった。


「馬鹿だよ……馬鹿。その剣の力が身体にどんな影響を与えているのかもわからないのに、敵陣に斬り込んでいくなんて……。それでこんなに身体を痛めて苦しめて……」


 ユイナの目から大粒の涙が零れ落ちた。

 膝の上で拳を固く握りしめる。

 

「そして一番の馬鹿は貴方にこんな無茶をさせてしまった私。私が不甲斐ないせいで……」


 悔しかった。

 副官の身でありながらオータスの力になれなかった自分が無性に腹立たしかった。

 刺客に襲われた時もそうだった。無力な自分を庇って、オータスは力を使った。

 オータスの身体を傷つけているのは剣の力でも、敵兵でもない。自分ではないか。

 思わず力が入り、拳から血が滲む。

 ただひたすらに自分を傷つけたい、そんな衝動に駆られたその時。

 ユイナの拳に温かな手が重なった。


「ユイナ、お前は不甲斐なくなんてないさ。東門を守っていたのがお前だったから、俺は安心して本陣を留守にできたんだ。だからそれ以上自分を傷つけるな。お前の綺麗な手に傷が残ったら、俺が一番に困る」


 声の主は目を覚ましたオータスであった。

 オータスはユイナを慰めるように朗らかな笑みを浮かべる。

 身体を硬直させるユイナ。

 驚きと、喜びと、恥ずかしさと。様々な感情が彼女の中を駆け巡り、気が付けば「み、皆に知らせてくるね」と言い残して部屋を出てしまった。

 オータスはそんな彼女の姿がなんだか可笑しくて笑ってしまった。

 そして部屋が静かになると、再び眠りについた。今度の眠りは先ほどまでと違い、穏やかなものであった。

 




 開戦から7日目の朝。

 コンドラッド軍にとって待ちに待った援軍がようやく到着した。

 こうして討伐軍は撤退。コボウロ攻防戦は少なくない犠牲を出しつつも、コンドラッド軍の勝利に終わった。

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