第61話「コボウロ攻防戦 ~中編~」
「投石機……だと!?」
物見からの予想外の報告に、オータスは思わず声をあげた。
投石機とは読んで字の如く、巨大な石を射出して城壁を破壊する攻城兵器である。
その存在は決してめずらしいものではなく、王国の歴史においてもたびたび登場する。
だが、オータスは此度の戦で敵は投石機を用いてこないと踏んでいた。
確かに投石機は城攻めにおいてかなり有効であるが、その大きさゆえに移動に時間がかかるという欠点があるのだ。
モルネスの道は道幅が狭く傾斜が急なところが多い。
攻城梯子や衝車程度ならばいざしらず、城壁を破壊できるほどの規模の投石機を伴って悪路を進軍するのは流石に時間がかかりすぎる。
強引な手段で玉座についたカスティーネからすれば、今は一刻も早くその力を示し、地盤を安定させたいところ。
だとすれば、なによりもまず進軍を急ぐことを優先し、投石機をわざわざ用いる可能性は限りなく低いのではないか。
オータスはそう考えたのだ。
果たしてこの予想は見事的中し、モルネスへと進軍した討伐軍の中に投石機の姿はなかった。
しかし、コボウロの町を包囲して二日目の朝。
それは突如として出現した。
(クソッ!やられた……!おそらく夜の間にここで作ったのだろう。ここら一帯は緑に囲まれ、材料には困らないし、人手も十分すぎるくらいにある。無理な話ではない)
なぜその可能性に気が付かなかったのか。オータスは己の詰めの甘さに腹が立った。
怒りのあまり物に当たりたい衝動に襲われるがぐっとこらえる。ここで怒りをあらわにしたところで戦況は変わらない。
(報告を聞く限り投石機は南門に3台。西と東にはなし……か。まあ、そもそも西と東にはそんなもの置ける場所なんかないか)
オータスはすぐさま冷静さを取り戻すと指示を下す。
「トレグル、昨日と同じく南門の守備を任せる。投石機の攻撃は激しいだろうがなんとか耐えてくれ。ミーナが援軍を連れてくるまでの辛抱だ」
「ハッ!お任せあれ!何人たりとも内には入れさせませぬ!」
最も戦況が苦しくなるであろう南門の守備を任されたにも関わらず、トレグルの返事に一切の絶望はない。
そんな頼もしい忠臣の姿に、オータスをはじめその場にいる誰もが元気づけられた。
と、その時。とてつもない衝撃が轟音とともにコボウロの町を襲った。
晴れてお披露目を迎えた投石機の第一射目。これがそのままコボウロ攻防戦二日目の開戦の合図となった。
投石機による猛攻を前にコンドラッド軍はよく持ちこたえてみせた。
城壁が崩れかければすぐさま修繕し、その隙を突いて侵入せんとする雑兵たちを片っ端から蹴落としていく。
この善戦はひとえにトレグルの並外れた武勇と的確な指揮のおかげであった。
しかし、やはり時が経つにつれ兵たちに疲労の色が見えてきた。次第に少数ではあるが城内への侵入を許すようになる。
これを受け、家臣の一人がオータスに提言した。
「オータス様、ここは東門のユイナ殿の隊を南門に回すべきと存じまする。南門のトレグル殿の部隊はもはや満身創痍、一方で東門ではここまで目立った戦闘は行われておりませぬ」
「そうだな。よし、ではユイナに今すぐ伝令を……」
オータスはその意見に納得しかけたが、しかし途中で言葉を止めてしまった。
家臣の意見は至極まっとうなものである。このままではトレグル率いる南門守備部隊の壊滅は必至。ならば余裕のある東門守備部隊より兵を回すというのは何もおかしくない。
だが、オータスの中で何か違和感があった。
このまま意見を受けいれれば取り返しのつかないことになってしまうような、そんな気がした。
「いかがいたしました?」
「いや、なに。少し嫌な予感がしてな。やはりしばらく様子を見てから判断しよう」
そう言って浮かせた腰を下ろした丁度その時。慌てた様子で伝令がオータスの元へと駆けこんできた。
「申し上げます!東門にて敵と交戦開始!敵の勢い凄まじく、我が方押されています!」
オータスの予感は的中した。
もし、ユイナ隊を南門に回してしまっていたら、今頃東門はあっという間に突破されていただろう。
投石機で激しく攻め、南門に目を向けさせたところで、東門に大量の兵力を投入する。
6万もの大軍をもって初めて行うことが出来るなんとも贅沢な策であった。
「敵の大将はキャンベラン侯爵といったか……。なかなか恐ろしい男のようだ……」
敵将が前のエイヴァンス公爵のような人物であればどれほど楽であったか。
地獄の籠城戦はいよいよ終盤へと差し掛かろうとしていた。




