第59話「包囲」
カーライム王国西域・モルネス。
中央から遠く離れ、山々に囲まれたこの地は、多くの血にまみれた王国の歴史の中であっても戦争とは無縁であった。
しかし今、モルネスは未曽有の大軍勢の脅威にさらされていた。
宰相に扮したストーレイ=ホッジソンの命により王都より6万もの軍勢が出発、さらにそれに呼応する形でカスティーネ派の貴族諸侯も挙兵した。
貴族諸侯軍はシアン派であるダオルト伯爵の軍勢を討ち破り、トゥルイを制圧。勢いそのままモルネスへ進軍しようとしたが、コンドラッド軍の夜襲に遭う。
結果、諸侯軍は迂闊に軍を進めることが出来なくなり、王都からの軍勢との合流を待った。
そしてそれから二日後、両軍はようやく合流を果たす。
「まさかまだこのような地にいたとはな……。敵も連合軍とはいえ、所詮は田舎の小貴族どもが集まったに過ぎん。てっきり私が到着する頃には決着が付いているものと思ったが……」
そう言って、呆れているのは王都より6万の軍勢を率いてきた指揮官・エリックス=キャンベラン侯爵。歳は30歳。鋭い目つきとこげた茶色の髪が特徴的な男だ。顎にのみ髪と同じ色の髭を少しだけ生やしている。
彼は、貴族諸侯軍と合流を果たすなり、たかがコンドラッド軍如きに苦戦する彼らを強く非難した。
すると、それまで黙って聞いていた一人の伯爵がこれに反論した。彼は諸侯軍の総指揮官的立場であった。
「しかし、キャンベラン侯爵。我らとて何もしていなかったわけではありませぬぞ。ここにいるオルセイン子爵ははじめこそコンドラッド家に組していましたが、我らの説得に応じ、こうしてこちらに寝返ってくれました。戦とはただ闇雲に攻め込むものにあらず、こういった地道な調略も肝要かと……」
伯爵の言葉は一見正しいように思える。
戦は始まる前に勝敗がつくことが多い。すなわち、開戦より前にどれほどの者を調略し、味方に引き込むかが勝敗を分けるのだ。
だが、そんな伯爵の反論をキャンベラン侯爵は鼻で笑った。
「たしかに戦において調略は大切だが、それは相手が強敵であるときのみ。此度のように小物が相手ならば力押しでいけよう。それに……貴殿は陛下のお言葉を忘れたのか?陛下はおっしゃったはずだ。『コンドラッド家は朝敵であり、それを援助した者たちもまた同罪である』と。たしかそこにはオルセイン子爵の名もあったと記憶しているが」
キャンベラン侯爵は伯爵の隣にいたオルセイン子爵を睨み付ける。その鋭い眼光に、子爵は「ひいっ!」と短く悲鳴をあげた。
「一度王家に背いた者をどうして信用することができようか」
キャンベラン侯爵は冷たくそう吐き捨てると、その場で子爵を斬り捨てた。
伯爵はそのあまりの衝撃に、以降、言葉を発することは出来なかった。
合流を果たし、7万を超えたコンドラッド討伐軍はすぐさまモルネスへ向け進発した。
途中、コンドラッド家は幾度か少数での奇襲を試みたがいずれも以前のような成果は上げられず、こうして討伐軍はほぼ無傷の状態でモルネス領内へと入った。
多くの村々を略奪しながら進んでいき、やがて討伐軍はコンドラッド家の屋敷とシアンの御所を持つモルネスの中心地・コボウロの町の包囲に成功する。
「敵は籠城の構えか。籠城戦は援軍が生命線……だが、スタンドリッジやタランコスからの援軍などたかが知れている。もはや奴らに勝ち目など万に一つもあるまい……」
キャンベラン侯爵は勝利を確信し、ほくそ笑んだ。
この時、既にカーライムが誇る最強の女騎士と魔術師がモルネスへとむかっていることなど、彼は知る由もなかった。




