第57話「夜襲」
ダオルト伯爵の軍勢を討ち破り、トゥルイを制圧したカスティーネ派貴族連合軍。その勢い凄まじく、モルネスへの到達は時間の問題かと思われた。
だが。
「なんだ!どうした!一体なんの騒ぎだ!」
「て、敵だ!敵の夜襲だ!」
もはや陽は完全に落ち、空が最も暗くなる時間帯。突如、貴族連合軍の陣にコンドラッド兵が押し寄せてきた。
完全に不意を突かれた貴族連合軍は反応が遅れた。指揮官に事情が伝わったころには混乱は軍全体に広がっており、収拾がつかなくなっていた。
「ええい!何を慌てることがある!敵は寡兵!落ち着いて迎撃すればよいだけのこと!」
指揮官は必死に体勢を整えようとしたが、それはなかなかうまくいかなかった。
それもそのはず、この軍はさまざまな貴族諸侯の軍が混成している。「カスティーネ派」という点では志が同じでも、各貴族にそれぞれの思惑や打算がある。
当然連携などとれているはずもなく、全軍が体勢を立て直したころにはもう既にコンドラッド軍の姿はなくなっていた。
「報告します。夜襲は成功。しかし敵兵は予想以上に精強で、それほど多くの首級をあげることは叶いませんでした。申し訳ございません」
ユイナはそう言うと、目の前に座るシアンとオータスに対し、頭を垂れた。
彼女の甲冑とその合間から覗く素肌には、ところどころに細かな傷と汚れが付いていた。夜襲部隊を指揮していたのは彼女であった。
彼女の目にうっすらと涙が浮かぶ。悔し涙だ。
以前の女王警護の際、ユイナは刺客を相手に手も足も出なかった。此度は彼女にとってその汚名返上の絶好の好機でもあったのだが、結果は成功と言えど微妙なものであった。
彼女は怒られることも覚悟したが……。
「いや、十分だ。変に首級に固執して味方の損害が大きくなるほうが困る。今回の夜襲の目的は第一に敵に心休める隙を与えぬこと。そして第二に我らがトゥルイ奪還を諦めてないということを示し、味方のさらなる裏切りを防ぐことだ。勝敗を決するのはミーナが遠征軍を味方に引き入れてから。それまでに数少ない戦力を失うわけにはいかないからな。ユイナ、良い引き際だった。お前に任せて正解だったな」
オータスはそう言うと、ニッコリとほほ笑んだ。
さらに隣のシアンもこう続けた。
「ここ周辺の地形を熟知し、細かな部隊指揮を得意とし、功に焦らず冷静な状況判断ができる。貴方だからこそ、この夜襲は成功したのです。胸を張っていいと思います。本当に大儀でした」
そんな二人の温かい言葉に、ユイナの目から溜まっていた涙がポツリと零れ落ちたのだった。
ユイナが下がり、しばらくして。
オータスはシアンに対し、頭を下げた。
「先ほどは陛下に気を使わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえ、全然。あの言葉は決して世辞などではなく、本心ですから」
「ありがとうございます。陛下から直々に称賛のお言葉を頂いたとあれば、彼女もきっと以前の元気を取り戻しましょう」
彼女の答えに安堵するオータス。
だが、彼女の言葉にはまだ続きがあった。
「でも、オータスをそこまで心配させるなんて……なんだか私、嫉妬しちゃいそうです」
「へ?」
「いえ、なんでもないですよ」
笑ってごまかすシアン。
鈍感なオータスに彼女の言葉の意味など分かるはずもなかった。




